呪文と外国語の不思議な関係

先日、外国語が苦手という友人と話していたとき、冗談交じりに「外国語は全然分からなくて、呪文みたいに聞こえるよ。」と言われました。おそらく彼は、意味が分からない呪文のように外国語は自分にとってチンプンカンプンだ、と言いたかったのだと思います。そのときの会話が頭に残っていたからか、書店で『呪文の言語学』(角 悠介・著)という本を見つけたとき思わず手に取っていました。
この本の著者は早くも10代のときからルーマニアに留学し、現地で博士号を取得、今はルーマニアの大学で教鞭をとっています。ルーマニア語はもちろん、ラテン語や古典ギリシア語にも精通し、専門はロマニ語という言語学者です。
なぜそんな人が呪文についての本を書いたのでしょうか?
著者の角さんが日本でルーマニア語を習っていた頃、ルーマニア人の先生がいわゆる「魔女」の血を引く方で、レッスンの間に子どもを守る呪文や邪視1を避ける呪文を教えてくれたことがあり、さらに留学先ではテレビをつけると魔女の広告(!)が流れていたりして、どうやらルーマニア人にとって呪文は想像以上に身近な存在であると気づいたことがきっかけだそうです。この本では今が21世紀とは思えないような生きた魔術や呪文について紹介されているだけでなく、呪文の作り方まで解説されていて、読みながら何度も驚かされました。その中で私が特に気になったのは、呪術者が唱えた呪文を相手(呪文をかけられる人)が理解できないとき、呪文を理解できないこと自体が相手に心理的な影響を与え、呪文の効果が強まるという話でした。言い換えると、相手が理解できない呪文を唱えたほうが魔術的な雰囲気を感じさせやすく、その結果呪文がより効くようになるということです。もし私がみなさんに魔法をかけるとすれば、みなさんが理解できる日本語や英語ではなく、理解できない外国語の呪文を唱える方が効果が期待できるということになります。

この説明を裏付けるかのように、アニメーションや漫画などファンタジー世界の呪文にも様々な外国語が登場します。
例えば、私が子供の頃に毎週欠かさず観ていた水木しげるのアニメーション『悪魔くん』では、主人公は地面に魔法陣を描いて「エロイムエッサイム」という呪文を唱え、仲間の悪魔を召喚して敵と戦います。この呪文の前半「エロイム」はヘブライ語由来です。(אֱלוֹהַּ Eloh「神」+ים -im(男性複数語尾)で「神」の意味)
同じく呪文が出てくる物語と言えば、やはり『ハリー・ポッター』シリーズが挙げられるでしょう。『ハリー・ポッター』で使われる呪文の多くはラテン語に由来しています。例えば守護霊を呼び出す呪文「エクスペクト・パトローナム」は「私は期待する(exspecto)+守護者を(patronum)」に、物体を引き寄せる呪文「アクシオ」はAccio「私は呼び寄せる」に、相手の動きを止める呪文「イモビラス」はImmobilis「不動の」に由来します。2古代の言語であるラテン語を使うことによって、一段と呪文らしく聞こえるのでしょう。
おまけとして付け加えると、『天空の城ラピュタ』で有名な呪文「バルス」はラピュタ語(創作言語のため詳細は分からないですが)で「閉じよ」という意味があるのだそうです。3
以上のように呪文には様々な外国語が効果的に使われているのが見てとれるのですが、それと同時に、自分には理解できない呪文であったとしても、単なる音の羅列ではなく原語では意味がある言葉であることが分かります。4

逆に考えると、理解できない外国語は呪文のように聞こえるのでしょうか。半分冗談のようですがちょっと試してみましょう。例えばローマで「ポトレッベ・アプリーレ・ラ・ポルタ」という呪文を唱えると、親切な人がドアを開けてくれる(イタリア語 “Potrebbe aprire la porta?”「ドアを開けてもらえますか」)、あるいはハノイの食堂で「チョー・トイ・ビア」という呪文を唱えると、店員さんにビールを持ってきてもらえる(ベトナム語 “Cho tôi bia.”「ビールをください」)、という感じでしょうか。こんな空想をしてみると、外国語を使うことでちょっとだけ魔法使いになれるような愉快な気持ちになれます。もちろん、いくら呪文のように聞こえるとしても、外国語を使えばほうきに乗って空を飛んだり雨を降らせたりできるというわけではありません。でも、言葉を発することで(人やモノなどを含めた)世界を動かすという意味では、外国語も呪文も根底には共通する部分があるのではないかと私は思います。それに、呪文を使うと超自然的なことが起こせると言いますが、外国語に限らず言葉を使うことで相当複雑な状況や感情であっても相手に正しく伝えることができます。考えてみればどちらも不思議でmagicalな行為といえるのではないでしょうか。

こんなことをつらつら考えていたら、今夜一人になったときにでもこっそりと呪文をつぶやいてみようかという気分になってきました。よろしければみなさんも呪文、唱えてみませんか。

画像引用元:スタジオジブリ公式サイト

1: 邪視 (Wikipedia)

2: 「魔法の言葉で学ぶ歴史学」(福岡女学院大学)を参考にさせていただきました。

3: 飛行石 (Wikipedia)の「おまじない」

4: 一方で、おそらく元の意味がないと思われる呪文も実はたくさんあります(その場合も同じく相手は理解できないため、呪文の効果は強まると思われます)。例えば、有名な「アブラカタブラ」や、落語「死神」に出てくる「あじゃらかもくれん てけれっつのぱあ」などです。

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