メキシコで使われるふしぎな表現ahorita

スペイン語は世界中で広く話されている言語ですが、地域によって文法や言い回しに違いがみられ、その多様性が魅力の一つです。今回は、私が学生時代に留学していたメキシコでよく使われる表現である、”ahorita”(アオリータ)を紹介したいと思います。これは、スペイン語で「今」を意味する”ahora”に縮小辞の”-ito/a”が付いた形です。縮小辞とは名詞や形容詞、副詞などに付いて「小ささ」や「可愛らしさ」などの意味を加える接尾辞で、例えば”gato”「猫」に付いて”gatito”「子猫」のような使い方をします。

 

さて、この”ahorita”ですが、どんな意味を表すでしょうか。「今」という意味に「小ささ」のニュアンスが足され、「たった今」「今すぐ」のような意味になりそうですよね。西和中辞典にも「今すぐ、ちょうど今」と記載されていますが、実際はこれが非常にあいまいな表現で、その意味するところは「今より未来のどこかの地点」くらいのイメージなのです。いくつか例を挙げます。

パーティーになかなか来ない友達に電話をかけたとしましょう。すると、”Ahorita voy”「『アオリータ』行くよ」と言われます。「『今すぐ行く』ということは、5分から10分ほどでこちらに着くだろうか」と考えますが、実際に友達が到着したのはそこから数時間後。この場合の”ahorita”は、「あとで、あとから」くらいの意味で使われていたことが分かります。

次のシチュエーションです。屋台で食事をしている人たちに、子供がお菓子などを売りに来ました。子供は屋台のお客さんの一人に、”¿Me compra un dulce?”「飴を買いませんか?」と話しかけます。するとそのお客さんは一言”Ahorita.”と答えますが、子供はお菓子を売らずにいなくなってしまいました。この場合の”ahorita”は、「未来のいつか」、つまりお客さんは、「いつか買うかもしれないが、今ではないので、いらないよ」と間接的にNOと伝えたのです。

 

このように、”ahorita”の意味はとても幅が広く、”en diez minutos”「10分後」、”después”「あとで」、”mañana”「明日」、”en un mes”「一か月後」あるいは”nunca”(英語の”never”にあたる語)などの類義語になり得る表現なのです。

ちなみに、本当に「今すぐ」の意味で使いたい場合は、強調の意味の副詞”mismo”「まさに」を付け加えて“ahorita mismo”と言うことができます。例えば、親子のこんな会話がありそうです。
親:”¿Cuándo vas a hacer la tarea?”「いつ宿題するの?」
子:”Ahorita.”「『アオリータ』。」
親:”¡Hazla ahorita mismo!”「今すぐやりなさい!」

日本とは違ったあいまいな時間のとらえ方には悩まされることが多いですが、メキシコのゆったりとした時間感覚のなかで過ごしていると、だんだんと自分もリラックスして、「まあ、いいか」と思えてくるような気がします。仕事など大切な約束の場合には、「”ahorita”ではなく、”¿Cuándo?”(いつ)¿A qué hora?(何時)」としっかり明確にしておくほうがよいですが、急ぎでないときの、5回に1回くらいは、「やれやれ、その”ahorita”はいつ来るのかな」と、気長に待てる心の余裕を持てるようになりたいと思います。

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