ヴェネツィアでの一期一会~一人旅で得た友情~

25歳の時にエジプトから北欧まで、3か月にわたって旅をした。
アスワンに始まり、カイロまで北上。そこから飛行機でイスタンブールに入り、バスでギリシャに下り、船でイタリアに渡った。そこからヨーロッパを西へ東へ縦横無尽に移動して、最後はスウェーデンのキールナという街まで上がった。
旅と言っても3か月もひとりであてのない移動をしていれば、当然気分が乗らない日もあり、雨に降られる日もあり、病気をする日もあり、期待外れなこともあり、毎日が楽しいわけではない。それでも行く先々で様々な国の多くの旅人と出会い、行動を共にするのは楽しかった。こうした旅の出会いというのは帰る国が違うわけだから帰国すると連絡もいつしか途絶えてしまうのは至極当然だろう。

ただ、そうでない出会いがひとつだけあった。

11月のヴェネチアでのことだった。イカ墨パスタを食べて満足した私は夜10時頃、サンマルコ広場で運河の向こうの島にあるユースホステルに帰るため、水上バスを待っていた。2,3メートル離れたところに同い年くらいと思われる男性が立っていた。ふたり、言葉を交わすことなく佇んでいたが、一人旅に寂しさを覚えていたのか私は “Boat is not coming…is it?”と声をかけた。彼も私に気付いており、同じ心境だったのか “No it’s not…where are you staying?” と返して来た。同じホテルに向かっていることが分かると、その一人旅の間、他の国、都市、電車の中で出会った人たちと同じように私たちは打ち解けた。
どの出会いもそうだったが、別にふたりで行動していても同じ絵や建物に感動して意見交換するわけではなく、仕事はなにしているのか?彼女はいるのか?というような、観光とは全く関係のない話に終始するのが常だった。ヴェネチアの路地をふたりブラブラと歩いている途中、たまたま見つけたインターネットカフェで彼がHotmailを打つというので興味本位で私もHotmailアカウントを作成してもらった。彼は私より3つ上、28歳の独身だったが、私がフランスへ着いた頃、私のHotmailアカウントに「彼女が出来た!」と彼からメールが入っていた。 “Traitor!” というタイトルでの私の返信メールが、それから一年も経たないうちに彼の結婚式に招待され、イギリスから夫婦で日本に遊びに来てくれ、ふたりに3歳と1歳の子供が生まれた後、初めての家族旅行に同行するほどの仲になったPaulというイギリス人との20年以上に及ぶ友情の始まりになるとは当時の私は知る由もなかった。
結婚式の披露宴では新郎新婦と同じテーブルに私の席を設けてもてなしてくれた。「日本からスペシャルゲストが来てくれている」と新婦のお父さんがスピーチで私を紹介してくれ、拍手がおこった時は照れくさかったが嬉しかった。

彼らがアメリカへの旅行途中に日本に寄ってくれたのは私がちょうどイデア・インスティテュートに入社した年の夏だった。夏季休暇中にふたりを迎えたが、初めて私の両親を紹介した時、夫婦揃って両親に合掌して頭を下げていたのは印象的だった。彼らなりに一生懸命礼を尽くそうとしてくれたのだろうが日本の挨拶の仕方なんて知られてないのだろう。3人で真夏の京都に行ったが「いらしゃいませ~」という店員さんの声は歌のようだと感心し、出てくる料理の繊細さに驚いていた。数年後、コーンウォールの家族旅行に同行したのが実際に会った最後だが、出会ってから約20年、クリスマスの時期に彼はイギリスのスイーツやスナックを送ってくれ、私は日本から歌舞伎揚やソフトサラダ、揚げ餅塩せんべいなどをたくさん送っている。お互いに一度も欠かしたことはない習慣。

コロナが収束したらまずはイギリスに行って顔を見たい。
ヴェネチアで出会った旅人ふたりの関係は日本とイギリスの距離とは関係なく一生涯続くと信じたい。

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