落語の中の気になることば

ここ数年は落語ブームといわれ、落語に関連した漫画・アニメ・TVドラマなども次々とヒットし、落語家の数も江戸時代を上回るほどとも言われています。
私もコアなファンとは言えないものの、学生時代から落語のCD、DVD、TV番組などを見聞きし、ときどきは寄席やホールに足を運んで落語を楽しんできました。

落語は伝統芸能の1つですが、能や狂言に比べて予備知識が少なくても楽しめる親しみやすい演芸という印象があるように個人的には感じています。一方で、落語は難しそうと感じる方もいらっしゃると思います。難しそうと思われる理由の一つとして、噺(はなし)の時代設定が江戸や明治になることが多いために、古いことばが使われるので分かりにくいということが挙げられるかもしれません。お客さんに理解しやすいように、古いことばを現代のことばに入れ替えて演じられる場合もありますが、噺の舞台となっている時代を表現するために古いことばであってもあえて使われる場合もあります。
ここでは私が落語を聴き始めた頃によく理解できなかったことばを集めて雑感を記してみました。落語通の方からすれば正確とは言えない部分もあるかもしれませんが、どうかご笑覧ください。

1.「四万六千日、お暑いさかりでございます」

昭和の名人として知られる8代目桂文楽が演じる「船徳」で有名なフレーズです。この噺の舞台設定を非常に簡潔な形で言い表したものなのですが、私は初めてCDで聞いた時に「四万六千日(しまんろくせんにち)」が何のことか、見当すらつきませんでした。
「船徳」は、江戸のある船宿の船頭たちが浅草の浅草寺の縁日へ出掛けてしまい、船宿に漕ぎ手がいなくなってしまった日の噺です。浅草寺では今も縁日が行われていますが、この縁日の日は「功徳日」といって、1日参拝すると何日分もの功徳が得られると言われる日です。こういった功徳日は1年で何日もあるのですが、そのうちで最大の日が、なんと四万六千日分の功徳が得られるといわれる7月10日なのです。(浅草寺の縁日は今は毎年7月9日と10日の両日に行われており、ほおずき市が開催されることでも有名です。)
つまり、このフレーズを聴いた人はすぐに真夏の暑い季節を想像できるということです。この簡潔なフレーズを生み出した桂文楽の凄さを感じますが、当時この落語を聴いていたお客さんもその意味を理解できたことに感心してしまいます。

2.「死人にかんかんのうを踊らせる」

「らくだ」に出てくるフレーズです。長屋住まいで「らくだ」と呼ばれていた乱暴者の男がフグに当たって急死し、長屋にらくだの兄貴分の半次がやってきます。半次はらくだの弔いをあげてやりたいのですがお金もないので、たまたま近くを通りかかった屑屋の久六を脅し、長屋の住民から香典をもらって来い、大家には通夜のための酒と料理を用意させろと言いつけます。また、渋るようであればこう言って自分の言うことを聞かせればいいと言います。

「死人(しびと)にかんかんのうを踊らせる」

え?何を踊らせるって?となりませんか。私が初めてこの部分を聴いたときは意味が分からないまま噺が先に進んでしまい、結局そのまま聞き流してしまいました。後で調べてみると、「かんかんのう」とは江戸から明治にかけての流行歌なのだそうです。元は中国の歌で別名「唐人踊」とも言われ、踊りもついていたと言われます。また、「かんかんのう」という名前は、中国語の歌詞“看看奴”(「私を見て」の意味)を日本語風に発音したところから来ているそうです。今ならさしずめ、『アナと雪の女王』の主題歌“Let It Go”を「レリゴー」と呼ぶ、みたいなものでしょうか。

噺に戻りますが、半次が「かんかんのうを踊らせる」と言ったことの意味は、(言うことを聞かなければ)らくだの死体を担いで行って、人形のように操って流行りの踊りをさせると脅してこい、と久六に言いつけたということです。後に可哀そうな久六は本当にそれをやらされることにもなり、半次から散々こき使われます。ですがその後、半次と久六の立場はあることをきっかけに逆転することになります。ここは聴きどころになりますので、ぜひ実際に噺を聴いて演者の話芸を堪能していただければと思います。

3.「反魂香」

「反魂香(はんごんこう)」という噺の題名にもなっているお香の名前です。これはただのお香ではなく、その字が表すように「魂を反(かえ)す」、焚いたお香の煙の中に亡くなった人が現れるという中国の伝説上のお香で、白居易の詩にも出てくるそうです。

反魂香降夫人魂。夫人之魂在何許。香煙引到焚香處。
(反魂香は降す夫人の魂。夫人の魂何の許にか在る、香煙引き到る焚香の處。)

八五郎は同じ長屋に住むお坊さんが夜中に鉦(かね)を叩くので眠れず、文句を言いに行きます。お坊さんは、亡くなった妻の供養をしているのです、と説明します。また、供養のときには反魂香という香を焚き、煙の中に妻の姿が現れるのです、とも言います。実際にお香を焚いてみてもらうと、驚いたことに煙の中に女の人が現れます。
八五郎もおかみさんを亡くしていましたので、自分も久しぶりにおかみさんに会ってみたいと思い、反魂香を少し分けてくれないかと頼みますが、それはできないと断られてしまいます。八五郎は分けてもらうのは諦め、それならば近くの薬屋へ行って反魂香を買ってくればいいと考えます。ですが、お香の名前をうろ覚えだったこともあり、似た名前の「反魂丹」という胃薬を買ってしまいます。さっそく家に戻って焚いてみるけれど上手くいかず…という噺です。
「反魂香」は「時そば(または、時うどん)」と同じように、他人から教わったことを真似しようとして失敗する「オウム返し」と言われるパターンの噺ですが、「時そば」のように蕎麦屋をひっかけて蕎麦代を1銭安く上げたい、という小ずるさからではなく、亡くなったおかみさんにもう一度会いたいという気持ちから起きた出来事の噺のため、滑稽さの中にも悲しみが混ざったような気持ちにさせられる、何とも味わいのある噺です。

4.「金明竹」

ここまで、初めて聴いたときによく分からなかったフレーズを3つほど取り上げましたが、分からない言葉が使われる噺といえば「金明竹(きんめいちく)」が極めつきではないかと思います。

江戸の骨董屋の主人を訪ねて、中橋の加賀屋佐吉から使いの人がやってきますが、あいにく主人は出掛けているところでした。このとき主人の甥っ子である与太郎が店番をしていて、与太郎は主人に用件を伝えてほしいと言われて話を聞きますが、この使いの人の上方なまりがきつい上に骨董の専門用語が多く、ほとんど何をいっているのか分かりません。与太郎は話を理解するどころか、上方ことば自体が面白くなってしまい、言い直してもらって喜んでいる始末。そこに主人のおかみさんが出てきて改めて話を聞いてみますが、おかみさんにもことばがほとんど分かりません。そのまま使いの人は帰ってしまいますが、主人が戻ってきたところでおかみさんは言づてをしないといけなくなります。おかみさんはなんとか聞き取れた(と思った)ことをつなげて言づてをしようとしますが…というあらすじですが、この噺は「聞き取れない台詞を楽しむ」部分があるとも思いますので、本当はことばの説明は不要なのかもしれません(使いの人の台詞が分からなくても噺は十分に楽しめます)。ただ、この噺を何度も聞いていると台詞の意味を理解したくなる気持ちも出てきますので、ここではタイトルの「金明竹」が出てくる部分だけを取り上げてみましょう。

金明竹とは、マダケ(竹の一種)の変異種であり、育つと幹が黄金色になるためにその名がつけられたそうです。見た目が美しいため、工芸品の材料としても使われます。噺の中には「自在(じざい)は黄檗山」というフレーズで出てきます。黄檗山は金明竹の産地として有名な中国の山の名前で、そこに生えていた金明竹で作った自在(いろりやかまどの上に吊り下げる鉤。自在鉤。)ということです。この噺では他にもたくさんの骨董用語が列挙されるのですが、難解な台詞を与太郎やおかみさんと一緒にポカンとしながら聴いてみるのも楽しいので、ぜひ体験してもらえればと思います。

参考文献

張小鋼「『返魂香』考―『李夫人』との関係をめぐって ―」(金城学院大学論集、人文科学編、第11巻第2 号、2015年)

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