
私が先日スリランカ共和国にて魚釣りをした話である。
犬好きの私はその辺を闊歩する野良犬たちを見ているだけでも存分にこの国を楽しめるのだが、一方で(犬とは何の関係もないのだが)魚釣り好きでもある私は四方を海に囲まれた美しいこの島国でぜひとも釣りに出たかったのだ。現地ファミリーの家でホームステイをしていたのだが、昼食のロティ(スリランカのパン)とカレーを頬張りつつ釣りに行きたい希望を述べたところ、早速これから海へ釣りに連れて行ってくれるとの大変ありがたいお言葉。(まるで夏休みに田舎の親戚の家に行った子供の様である。)
しかしながら、外国人の私はスリランカの海の事情をよく知らないので、どんな魚が獲れるかの予習も兼ねてと言うことで、まずは近くの漁港に見学に連れて行ってくれた。
独特のフィッシーな香りは日本の漁港とほぼ同じだが、日本の漁港よりも気楽に見て回れる印象だ。ここで働く人々の雰囲気によるものなのだろう。外国人である私を珍しそうに見つつも陽気に快く受け入れてくれたのだ。(魚を捌けるから日本で板前の仕事はないか、と売り込みをかけてくる人もいた。)この漁港で見られた魚は日本でもよく見かける種類のものが多かった。
水揚げされた様々な種類の魚からスリランカの海の豊饒さをうかがい知ることができる。
興味深いのは、常夏の国であるにもかかわらず魚がそのまま地面やトレイに並べられていたことだ。生の魚を食す日本人は鮮度を保つためすぐ氷水に漬けるのだが、彼らはその点にはこだわりが無い様にも思える。調理の多くが油で揚げたり、スパイスで煮込んだりの文化だからだろうか。彼我の文化の違いはいつも興味深い。
さて、下調べも済み、いよいよ魚を釣りに出かけることになった。
近くの河口付近に地元の方に人気の釣り場があるらしく、ファミリーも竿やルアーなどを携えて一緒に車で向かったのだが、現場についてみるとこれは期待が出来そうだ。多くの釣り人が河口に向かって竿を出している。聞いてみると大きなカマスが釣れるらしい。小さな魚を餌とするカマスは魚を模したルアーが最適なはずである。早速日本の100円ショップで購入した格安ルアーを期待とともに仕掛けを海へとキャストして(投げて)みた。
投げては巻き、投げては巻き、そうこうしているうちに魚が掛かるだろう。
投げては巻き、投げては巻き、投げては巻き……
だが、これが全く釣れない。周りを見ていても釣れている人はいない様だった。
どうしたものかと思案していると近くの釣り人から声をかけられた。どうやら私が何を餌に魚を狙っているかを知りたいようだ。そこで百均の格安ルアーを渡すと、苦笑しつつ「これじゃダメだ」との回答。曰く生きた魚を餌にするのがベストとのこと。すると、親切にも彼が持っている餌用の生きた魚を私にも分けてくれるらしい。なんと専用の針までつけて、魚がいそうな場所に投げると竿を返してくれた。奇特な方がいるものである。
仕掛けを投げて待っていると、「これは期待できる」、そう確信した。
元気よく生きた魚が海中を泳ぐのが伝わってくる。それこそが大きな魚への何よりのアピールだ。それに、じわじわと腕に疲労を蓄積させていた「投げては巻き」を繰り返す必要が無いのも非常にありがたい。
そうすると、いよいよ待ちにまった瞬間が訪れた。
突然私の竿先がググーッ!と激しく曲がったのだ。これは間違いない、大物が掛かった。
よくこういう場合に、どうせ地面に引っ掛けたのではないか、とか、大きなゴミでも引いているのではないか、と疑う向きもあるかも知れないが、この場合には杞憂である。それら悪夢の様な事象と大きく異なるのは生命反応がライブリーに私の竿に伝わるからだ。何か大きなものが自らの意志に反する方へ引かれるのに対して全力で反抗している。まさに命のやり取りである。更には少し先の方で釣りをしていた黄色のシャツの青年の竿先も私と同じように大きく曲がっているではないか。間違いない、カマスの大群が河口に襲来したのだ。
曲がる竿、引き込まれる腕。かなり遠投していたので頑張って巻き戻さないと揚げられないだろう。魚も精一杯の抵抗をみせるが、徐々に私の左側の岸の方へピンと張った糸が戻ってくるのが見え、その先にいた青年が視界にはいる。彼も獲物を徐々に岸に近づけている様だ。大きく曲がる竿先は私の方を向き、張られた糸が徐々に彼の側へと移動していく。巻く私と巻く青年。妙なシンクロニシティを感じたのはこの時であった。
私が巻くと彼の竿がこちらへ引かれる。彼が巻くと私の竿に生命感が伝わる。
そう、ご想像の通りである。私と彼の糸が何かの拍子に絡まり、その反応を魚と勘違いしただけのことであった。
実は釣りを始めたときに少し気になったことがあったのだが、現地の釣り人たちは割と平気で他人の糸に被さる様な方向に投げるのである。私は他の人の糸に被らない様に注意したつもりではあったが、恐らく餌の魚が動き回った為、少し先の青年の糸に干渉してしまったのだろう。
…気まずくなり固まっていた私は青年と目が合ったので、「申し訳ありません。そちらの糸に引っ掛けました」と謝罪すると青年はニコニコしながら「気にするな」と手を振る。日本だと場合によってはトラブルに発展するケースだったが、この国の大らかさをひしひしと感じつつ釣果ゼロにて納竿とした。
帰りのライムジュースが大変おいしかったことも申し添えておく。
最後まで記事をご覧いただき、ありがとうございます。
株式会社イデア・インスティテュートでは、世界各国語(80カ国語以上)の翻訳、編集を中心に
企画・デザイン、通訳等の業務を行っています。
翻訳のご依頼、お問わせはフォームよりお願いいたします。
お急ぎの場合は03-3446-8660までご連絡ください。