みなさんは名前をいくつもっているだろうか。本名に加えて、ニックネームがある方もいれば、インターネット上で使うハンドルネームをたくさんもっている方もいるかもしれない。名前とひとくちに言っても、名付け方や由来は様々だろう。今回は、そんな名付けに関する2つの文化を紹介したい。
私の趣味は、タイドラマを見ることである。ドラマから知ったタイの文化の一つに、名付けに関するものがある。ほとんどのタイ人は、本名とは別に「チューレン」と呼ばれる名前をもっている。チューレンはニックネームのようなものだが、日本でいうニックネームよりもかなり広い場面で使われる。親やきょうだいからはもちろん、友人からもチューレンで呼ばれる。ドラマでは、会社で働いているシーンでも同僚からチューレンで呼ばれていることが多い。本名を使うのは書類などの正式な場面だそうだ。チューレンがつけられるようになったのは、タイ人の本名が長いことが理由のようである。インスタグラムのフォロワー数が1800万人を超える大人気俳優ไบร์ท(英語表記:Bright/カタカナ表記:ブライト)を例に挙げると、彼の本名はวชิรวิชญ์ ชีวอารี(Vachirawit Chivaaree/ワチラウィット・チワアリー)である。俳優仲間も私たちファンも彼をチューレンで呼ぶ。
タイ人の知り合いによると、โอม(Ohm)など定番のチューレンがある一方で、โตเกียว(Tokyo)といった珍しいチューレンをもつ人もいるそうだ。地名や食べ物など、様々なものからチューレンは名付けられる。
タイのチューレンという文化を知って、思い出したことがある。それは、私の出身地である鹿児島県沖永良部島にも、本名とは別にもう一つ名前を付ける文化があったことだ。沖永良部島は、東シナ海に浮かぶ奄美群島の一つである。かつて、沖永良部島には、子どもが生まれると本名とは別に「ヤーナー」を付ける風習があった。島の方言で「ヤー」とは家、「ナー」とは名前を意味する。私の70代の祖母は、「クル」というヤーナーをもっている。このヤーナーは、祖母の祖母、つまり私の高祖母の名前からつけられたそうだ。祖母の母、私の曾祖母は「カンチ」というヤーナーももっており、姑さんによく呼ばれていたのを覚えていると祖母は言う。一方、現在50代である私の父はヤーナーをもっておらず、周りの友人をヤーナーで呼ぶこともないとのこと。父は、祖母の世代が私の島でヤーナーを持つ最後の世代だったのだろうと言う。ちなみに、20代の筆者がヤーナーの風習を知ったのは大学生になってからであり、島の若い人たちにとっては全く馴染みのないものである。
ヤーナーの風習の背景には、幼いうちに亡くなってしまう子どもが多かったことがある。子どもが生まれたら、すぐに亡くなってしまわないように、本名とは別にヤーナーを付けていたのだ。このヤーナーは元気に長生きしたウヤホー(先祖)のヤーナーから引き継がれた。つまり、私の高祖母も、ヤーナーの「クル」とは別に本名をもっていたということだ。ヤーナーが廃れていったのは、栄養状態の向上や医療の進歩などにより、無事に大人になれる人が増えたからなのかもしれない。
ヤーナーにもよくある名前と珍しい名前があったそうだ。祖母の「クル」は珍しかったらしい。反対に、よくあるヤーナーは「ヤマ」である。これは長男に付けることが多いヤーナーで、親子3代で「ヤマ」という家族もあったそうだ。それどころか、こちらの家にも「ヤマ」がいて、向こうの家にも「ヤマ」がいるなんてことも。もし、ヤーナーの風習が現代まで続いていたら、私の父も「ヤマ」だったのかもしれない。私のヤーナーは「クル」だったのか、はたまた「カンチ」だったのか・・・・・・。こんなことを考えていると、現代の東京にいながら心の中で島のウヤホーと繋がっているような不思議な感覚になる。ヤーナーをもっていたウヤホーたちも、名前を通して自分の先祖との繋がりを感じていたのだろうか。
今回は、名付けに関する2つの文化、タイのチューレンと沖永良部島のヤーナーを紹介した。名付けられ方や背景は異なっているが、本名とは別にもう一つ名前を持っているという点で共通している。訪れたことのない外国のドラマを見ながら故郷の文化を思い出すのは、興味深い体験であった。せっかくなので、沖永良部島の方言で締めたいと思う。
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