英語特有の発想とも思わないが、英語ではWhy don’t we/you …?のように形式的に理由を問う言い方によくお目にかかる。しかし、形のうえで最も素朴なものはWhy?/Why not?に名詞句を入れるだけのものだ。この形式で聞き覚えのある文句が多数つくられる。実際、
やる気があれば善は急げのWhy not now?
気が進まなければ、めんどうなのよWhy bother?
のんびりしたければ、何よ慌ててWhy the rush?
筋違いなら、よりによって、ワタシじゃないでしょWhy me?
相手から問い返してWhy not you then?
……など、(実行はおそろしいが言語仕様上は)問える。
これらブンには定動詞がない。完全な文とは認められない可能性も考慮して便宜上ここではブンと呼ぶことにした。私個人としてはWhy ?(イカガナモノカ)がジュツ語、残り全部がシュ語と考えてもよいと思うが、客観・形式的に主語、述語の体裁をとらない。となれば、おそらく、学校英文法において、この種のブンは扱わないのではあるまいか。実は2例目のブンのbotherは名詞ではなく動詞(動詞原形、原形動詞、原形不定詞)と考えるほうが妥当で、それが証拠に、目的語その他を添えてbother myself、bother to changeなどと展開できる。もちろんbotherに限らずあらゆる動詞が使え、ブンWhy eat bugs?も、ブンWhy be so difficult?も成立する——この「Why (not)+動詞原形」の用法については学習英語辞書[i]や英文法参考書[ii]にも記載がある。この場合を含めて、ここではWhy (not)に続く名詞句または原形不定詞句をまとめてメイ詞句と呼んでしまおう。
これらブンに、理屈抜きに慣れ、聞き流すのも正常、健全であり悪くないが、一般的な
Why (not) +メイ詞句?
という構ブンとして認識すれば何かわかったような気になるし、また役立つときもあるのでは、と自分は思う。
前掲のブン例だけでは端折った印象のものばかりで、複雑な内容を盛り込むことは想像しにくいかもしれない。実際にはこの構ブンを使うからといって全体が短くなるわけでも、省略の多い、電報やメモ書きのようなものになるわけでもなく、メイ詞句は他の文の作文時と同様に組み立てられ内容相応の長さになる。参考までに以下に二三、いずれも原形不定詞の場合に限るが、昔(明治、大正、昭和前半)の小説から該当するブンの実例を挙げよう。長くなっても構ブンの構造は(知っていれば)容易に見て取れるのがわかる。ただし白状すれば、自分が既に複数回読んだはずのテキスト中に見つけたものなのに、最初の例以外、今まで構ブンの認識なしに感覚的に読んでいた。気にならなければおそらく支障はないが、ブン構造が気になってしまった場合には構ブンを思いだせばそれ以上悩まなくてすむ——タブン。
But why make unpatriotic reflections in a novel? —— H. G. Wells, Kipps (1905)
しかし自国の悪口を小説に書き連ねても始まらない。
Why stand there as if clinging to this solid earth which she surely hated as one must hate the place where one has been tormented, hopeless, unhappy? —— Joseph Conrad, Chance (1914)
何でいつまでも其処に立つてゐるのであらう——希望もなく不愉快に、始終苦しめられ通しでゐた處は、誰にせよ自然憎まなければならないやうに彼女も屹度憎んでゐるに相違ない、どつしりとしたこの大地へ噛りつきでもしてゐるやうに?〔平田禿木訳[iii]〕
Why not let the little stone enjoy once more some measure of the heat that it had so long lacked? ——Olaf Stapledon, The Flames (1947)
その小石に、かくも長く欠乏していた熱をいくばくか、もう一度ふるまってみてはどうだろうか。〔浜口稔訳[iv]〕
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読む雑談~自業自得の暴飲暴食動詞~
読む雑談(2)~トンボの謎~
[i] たとえば、Oxford Advanced Learner’s Dictionary 4th Ed., 1989; Longman Dictionary of Contemporary English 4th Ed., 2008
[ii] たとえば、Collins COBUILD English Grammar, 1990; Michael Swan, Practical English Usage, 1980
[iii] 平田禿木訳「チヤンス」上1926(世界名作大観、英国篇 第12巻)
[iv] 浜口稔「『火炎人類——ある幻想』、試訳と解題(1)」明治大学教養論集436巻p.30, 2008
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