アラビア語の慣用表現 ふたつの名詞の組み合わせ

アラビア語では、ふたつの名詞を並べると[1]、所有関係を表すことができます。すなわち、[名詞A][名詞B]のようにふたつの名詞を並べると、「BのA」という意味になります。かつまた、この[名詞A][名詞B]というまとまりで、まるでひとつの複合名詞であるかのように言い表すことができます。

例を見てみましょう。アラビア語では、「庭」をḥadīqa(ハディーカ)、「動物」や「生き物」をḥayawānāt(ハヤワーナート)と言います。これらを並べると、下のようになります。       

hadīqat[2]  ḥayawānāt
ハディーカト ハヤワーナート
動物

このḥadīqat ḥayawānāt(ハディーカト・ハヤワーナート)は、直訳すると、「動物の庭」ですが、アラビア語ではこれで「動物園」という意味になります。日本語の「動物」+「園」とまったく発想が同じですね。

別の例を見てみましょう。kalima(カリマ)は「単語」「言葉」、murūr(ムルール)は、「通ること」「通過」という意味の単語です。これらを並べると、どのような意味になるでしょうか。  

kalimat[3]    l[4]-murūr
カリマト ル・ムルール
言葉 その-通過

このkalimat l-murūr(カリマト・ル・ムルール)は、直訳すると「通過の言葉」「通ることの言葉」という意味になります。この言い回しで、「パスワード」という意味になります。パスするための言葉、という発想からパスワードになるわけですね。

「動物園」の例では、[名詞A]の意味と[名詞B]の意味を単純に足し算すれば、全体としての意味はかんたんに理解できますね。「通過」+「言葉」→「パスワード」のほうは、「動物」+「庭」→「動物園」と比べるとやや予想しづらいものの、いたって常識的な発想だと思います。しかしなかには、名詞どうしの意味を単純に足し算しただけでは全体としての意味が導けないような組み合わせもあります。そのような慣用表現をふたつ紹介します。

①  「希望」+「失敗」→??

khaiba(ハイバ)は「失敗」「し損ない」、’amal(アマル)は「希望」という意味です。これらを組み合わせたkhaibat ’amal(ハイバト・アマル)は、直訳すると「希望の失敗」という意味になります。が、「希望の失敗」では今ひとつ意味が通りません。アラビア語では、これで「絶望」「落胆」という意味になります。「希望」が失敗、すなわち機能不全になっている、だから「絶望」だ、ということなのですが、ちょっと予想が難しいかもしれません。このkhaibat ’amalを私が初めて知ったのは、大学のアラビア語講読の講義で新聞記事を読んだときでした。もちろん私はまったく意味が分からず、この表現を含む一文を和訳できませんでした。同じ講義に出ていた同期が、これを見事に「絶望」と正しく和訳していたのを見て、絶望こそしなかったものの、「なんで分かったんだろう?」といたく驚いた記憶があります。もっとも、あとで辞書を引いてみたらちゃんとこのkhaibat ’amalが載っていたので、ただの予習不足だったのでした。その後私は、「飼い葉余る (khaibat ’amal)、絶望」(シチュエーション:ある牧場で、牧場主が新しい飼い葉をサイロに入れようとしたが、まだサイロ内に食べきれていない飼い葉がたくさん残っていて絶望した)というコジツケ語呂合わせを作って、見事このフレーズを覚えました。

②  「頭」+「落ちる場所」→??

アラビア語のra’s(ラアス)は「頭」「頭部」、masqaṭ(マスカト)は「(何か物が)落ちてくるところ」「落下地点」という意味です。これらを組み合わせたmasqaṭ r-ra’s(マスカトッ・ラアス)は、直訳すると「頭が落ちるところ」という意味になります。これはどのような意味でしょうか。これでアラビア語では「出生地」という意味になります。すなわち、オギャアと生まれて、頭が落ちてきたところ、ということです。これも言われれば分かるけれども、知らないと全く意味が取れませんね。ちなみに、アラビア半島東部の国オマーンの首都名「マスカット」は、アラビア語ではまさにこのmasqaṭです。

本稿では、アラビア語における、ふたつの名詞を組み合わせた慣用表現を紹介しました。ふたつの名詞の意味を足し合わせても全体としての意味が分からないというのは、学習者にとっては厄介です。けれども、アラブ人の発想・物事の見方を垣間見ることができて、面白いなと思います。


 

[1] より厳密にいうと、単にふたつの名詞を並べるだけではありません。たとえば[名詞A][名詞B]で、「BのA」という所有表現のばあい、[名詞A]のほうは定冠詞al-が付かない名詞、かつ[名詞B]のほうは属格である必要があります。が、これはかなり細かい文法の話になるため、本文では省略しました。

[2] 先に示したḥadīqaに対して、こちらにはおしりにtが付いています。実のところ、ḥadīqaという単語は、tの付いたḥadīqatという形がデフォルトの形なのです。が、アラビア語の慣例として、名詞を単独で言う場合、このtを発音しないのが普通です。そのため単独で表記する場合には、tのないḥadīqaという形でラテン文字表記しました。所有表現においてはこのtが復活するので、ḥadīqatとなります。

[3] kalimaのおしりにtが付いている理由については、注釈2同様です。

[4] murūrの頭に付いているl-は、定冠詞al-の変化形です。al-は、名詞の前に付いて、「その~」に近い意味で既知のものを表したり、あるいは「およそ~というものは」「一般的に~というものは」に近い意味で、あるものを総称的に述べたりします。ですからこの場合、l-murūrで、「通過するということ」という総称的な意味になっています。

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