1字違いで大違い? – ちょっと怖い文法の話 –

イデア・インスティテュートでは経験豊富なネイティブの翻訳者やチェッカーの方々と共に、日々様々な文書の翻訳に取り組んでおりますが、お客様に納品物をお渡しするまでには実に様々な確認工程が存在します。
文法のチェックもその確認工程のひとつに含まれることが多いのですが、今回ご紹介するのはそんな文法にまつわるお話で、10年ほど前にポルトガルで実際に起きた法文書内での「間違い」に関するものです。
内容としては多くの欧米系言語の習得の際には避けては通れない冠詞にまつわるもので、我々編集スタッフも同様のケースの確認で頭を悩ませることが少なくない類のものであり、個人的にとても印象に残っています。
さて「間違い」とされた文章ですが、比較の為に日本語と英語の試訳を交えてご紹介したいと思います。

ポルトガル語:

O presidente de câmara municipal não se pode candidatar a um quarto mandato.

日本語:

市長は4期目に立候補できない

英語:

The mayor cannot run for a fourth term.


上記のポルトガル語を分解すると、

O presidente DE câmara municipal = 市長

não se pode candidatar = 立候補できない

a um quarto mandato = 4期目に

となるのですが、問題となったのは「市長」を表す一連の単語の中の「DE」でした(本来文中では小文字で「de」と綴りますが、強調の為に意図的に大文字にしています)。
実は文章全体は単文のポルトガル語として何の間違いもないのですが、文脈上、この部分が本来は「DA」でなくてはならなかった、というのです。
では「DE」と「DA」では何がそんなに違うのでしょうか?

詳しい説明の前に、改めてポルトガル語で「市長」を意味する言葉の作りを確認してみたいと思います。「O presidente」は英語の「The president」にあたり、ある組織や団体の「長」を表す言葉です。先頭の「O」は英語の「The」と同じ定冠詞ですので、作り、意味共に英語と全く同じです。残った「DE câmara municipal」ですが、これは「市の」という意味になります。「DE」は英語の「of」にあたり、「câmara municipal」はこの2語で、自治体である「市」、あるいは「市役所」などといった意味になります。ポルトガル語は原則的に後ろから言葉の意味を足していく言語ですので、これで「市の長」=「市長」となる訳です。

ようやく本題ですが、「O presidente DE câmara municipal」と言った場合、「(どの市かは特定しない役職としての)市長」という意味になります。
つまり「DE」としてしまうと、ある自治体の市長を3期務めたとしたら、その後は他のどの自治体であっても役職としては4期目にあたるため立候補出来ない、という解釈が成り立ちます。

では「DA」とするとどうなるのでしょう。
ここでもう一度ポルトガル語で「市長」を意味する言葉の作りを確認してみたいと思います。
「O presidente」は先に述べた通りですが、「DA câmara municipal」の「DA」は、実は「DE」と「A」という2語がひとつになった形です。「DE」は英語の「of」ですが、「A」は実は「O presidente」の「O」と同じ定冠詞で英語の「The」にあたり、後ろに続く「câmara municipal」の意味を「(ある特定の)市」に限定する働きがあります。

以上のことから、「O presidente DA câmara municipal」と言った場合、「(ある特定の市の)市長」という意味になります。
つまり、「DA」とすると「DE」の場合とは反対に、たとえある特定の市の市長を既に3期務めていたとしても、他の市であれば続けて市長に立候補出来る、という解釈が出来てしまうことになります。通算任期の計算の対象が、特定の市に限られるためです。

ただ、現地の識者の中でもさすがに見解が分かれたようで、たとえ「DE」であっても、ある特定の自治体の市長を務めたことは文脈から明らかであり、「DA」でないからといって、ただちにそれを役職としての市長と解釈し、他の自治体での立候補を禁止するまでには及ばない、という意見もあったようです。日本語で「Aさんは市長です」と言った場合、明確にどの市の、とは述べていませんが、Aさんがある特定の市の市長である事実に変わりないことに近いのかもしれません。

当時、同一自治体で既に3選を果たしていた元市長2人がそれぞれ別の自治体での立候補を表明したところ、この「DE」と「DA」の違いを理由にその立候補の正当性について大いに議論がなされたようですが、実は裏話として、法案自体が国会を通過した際は「DA」であったのものが、文書作成時のミスで「DE」と記載されてしまったことがそもそもこの問題の発端だったようです。

最終的には憲法裁判所で4期目であっても他の自治体であれば立候補を認める、という判決が下されたそうですが、ほんの1字の違いでこのような大きな問題に発展することもあるのだと、日々翻訳に従事するものとして、文書の性質によっては時に非常に細かいニュアンスまで伝わるように記述する必要があることを再認識させられた出来事でした。

参考URL:

‘«Presidente de câmara» e «presidente da câmara»’ in Ciberdúvidas da Língua Portuguesa, https://ciberduvidas.iscte-iul.pt/consultorio/perguntas/presidente-de-camara-e-presidente-da-camara/32209

Juristas defendem novo diploma para clarificar erro na lei dos mandatos | Portugal | PÚBLICO (publico.pt)

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