サグラダ・ファミリア~ガウディの建築にかけた思い~

2019年12月以降、世界は新型コロナウイルスという見えない敵と闘い、その影響は多方面に及んでいます。その1つに観光業が挙げられますが、スペインバルセロナにある世界遺産サグラダ・ファミリアの建設にも影響しているというニュースを目にしました。
コロナ禍で観光客が減少し、2020年3月から2021年1月までの約10ヵ月間建設を中断せざるを得ず、建築家アントニオ・ガウディの没後100年にあたる2026年の完成は不可能との見方が強まったそうです。

スペインのマドリードに留学していた23年前、私はガウディ建築を巡りたいと思い、友人と電車でバルセロナを訪れました。はじめてサグラダ・ファミリアを目にしたとき、その姿に圧倒されました。天に吸い寄せられるように高くそびえ立つ鍾塔、東に位置する「生誕の門」の聖家族(イエス、聖母マリア、養父ヨセフ)の緻密な彫刻、聖堂内部の樹木のような柱にステンドグラスから差し込む光など、一人の人間が構想したとは思えない芸術性に心を動かされました。
その後、完成まであと10年というタイミングで、完成前のサグラダ・ファミリアをもう一度見たいと思い、2016年に訪れました。二度目に訪れたときは「生誕の門」にブロンズの扉が付けられ昆虫や植物のデザインが施されるなど、自然を愛したガウディの思いや生命力を感じました。彫刻作品だけではなく、塔の数も増えてより完成に近づいている印象を受け、2026年の完成を待ちどおしく思ったことを記憶しています。

この完成延期のニュースを見たときに、サグラダ・ファミリアを訪れた時の感動を懐かしく思い出すと同時に、ガウディは「何のために」サグラダ・ファミリアを建築しようとしたのかという思いがふと浮かびました。二度もサグラダ・ファミリアを訪れた私ですが、ガウディのメッセージまで汲み取ることができませんでした。

何かヒントになる本がないかと探していたところ、外尾悦郎さんの著書「ガウディの伝言」を見つけ、読んでみることにしました。
外尾さんは、サグラダ・ファミリアの主任彫刻家として43年間、ガウディの遺志を継ぐ職人の一人としてガウディと同じ目線で彫刻に取り組み、ひたむきに石と向き合ってきました。そんな外尾さんならばガウディのメッセージを受け取っているに違いないと思ったからです。
外尾さんが石を彫る過程で発見したお話のなかで印象に残ったのは、1.本当の合理性、2.自然を味方に変える、3.言の葉についてです。

1.本当の合理性

外尾さんが最初に任された仕事に「ベランダ彫刻」がありました。この部分はガウディが残した模型がなく、わずか1センチの厚みの石板に彫刻を施さなければいけませんでした。そこで直面したのはベランダの「強度」と「デザイン」の問題でした。悩み抜いたあげく石板の厚みをカバーするように蔦の彫刻をデザインすることで、構造の弱点を補強し、少ない材料で深い彫り込みのある彫刻ができることに気付きました。「ベランダ彫刻」だけではなく、サグラダ・ファミリアの彫刻の多くが、「機能」と「デザイン」と「象徴」を1つの問題として同時に解決していたのです。一つ一つの問題を分けて考えるのではなく、総合的に物事を捉えることで一つの答えが導き出されており、それがガウディの考えた「合理性」だと外尾さんは気付いたのです。

2.自然を味方に変える

ガウディは「人は創造しない。発見するだけだ」という言葉を残しています。自然を「偉大な手本」として人間にできることは自然を観察し、発見することだと考えました。幼い頃からリウマチで体を動かせなかったガウディは自然をよく観察し、自然から知恵を得て、最大限有効に利用しながら人間の役に立つものをつくろうとしました。
たとえば、建物は引力に逆らって建っているものですが、ガウディは糸で物体を吊り下げて重力を計る実験を試みるなかで、引力を利用して石を積み上げ、建物を支える強い構造を思いつきました。(実験に関する画像は、こちらのリンクからご覧いただけます。https://www.designstoriesinc.com/special/tsuji-interview_etsuro-sotoo1/
自然と闘うのではなく、自然から知恵を得て味方にすることもガウディが考えた合理性でした。
サグラダ・ファミリアだけでなく、世界遺産のグエル公園では廃材のタイルを使ってベンチをデザインするなど、まだ「エコロジー」という概念がない時代からガウディは自然を有効に使うことを建築の構想に取り入れていました。

3.言の葉

外尾さんが手がけた彫刻のなかに、葉と果実のモチーフが数多くあります。外尾さんはこれらの創作に取り組むときにガウディは何のためにこれらを彫らせようとしたのか、その意味を考えました。「人間が得た知恵を『言葉』によって語り、心に魂が実る。サグラダ・ファミリアは単なる芸術作品ではない。魂が実るための道具であり、それをつくっている。」と外尾さんは語っています。教会には、ミサで話をし、言葉によって人々の魂を清めて成長させる役割があります。サグラダ・ファミリアは、そうした教会としての役割を持っているだけではなく、その建築や彫刻に触れた人々がそこから受けた感動、イメージ、知恵を言葉で語る対象となります。日本語で言葉を「言の葉」と書くように、サグラダ・ファミリアを埋め尽くす植物の彫刻は、そこで語られ、多くの人々の心に魂を実らせるたくさんの言の葉を意味しているのではないでしょうか。
私にとってこの「言の葉」のエピソードが特に心に残りました。近年、SNSが普及して簡単に言葉を操れる時代となり、それが時として言葉の暴力になり、またコロナ禍で不安を煽るデマになるなど、言葉が負となるニュースを耳にすることが増えたからかもしれません。

サグラダ・ファミリアの建設が始まって140年が経とうとしていますが、その歴史のなかで資金難や内戦などで建設が何度も中断されたり、戦火でガウディが残した模型や設計図が失われたりと、多くの困難がありました。それでもガウディの遺志を継いだ外尾さんのような職人が、建築や造形に残されたメッセージを汲み取り、現在まで建設が続けられています。
ガウディのメッセージは多くあり、ここでは語りきれませんが、その構想の根本にあるのは「人間を幸せにし、心が豊かになるものをつくろうとしたこと」であることを知りました。メッセージを自分のなかに養い、自分の言葉で伝え、有意義なものとして心に実らせてほしいというガウディの平和への願いが込められていると感じました。

しばらくコロナウイルスの収束には時間がかかりそうですが、バルセロナを訪れる機会があれば姿を変えたサグラダ・ファミリだけではなく、まだ見たことのないガウディ建築にも足を運び、ガウディの建築にかけた思いに触れたいと思います。

出典:「ガウディの伝言」光文社新書 外尾悦郎著

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