語源の旅、五感の旅―登山電車で豆の莢にたどり着く

先日、英文のニュース記事を読んでいて、たしかカナダの交通行政の話だったと思うけれど、“funicular car”という見慣れない言葉が出てきた。知らない単語とはいえ、ローマ字読みすれば「フニクラー」……頭の中で「行こう、行こう、火の山へ フニクリフニクラ」と楽しい音楽が流れ出した。英語の辞書でfunicularを引いてみたら「ケーブルカー」、イタリア語の辞書も同じ意味でfunicolareという単語がある。この歌がもともと19世紀末にイタリアのヴェスビオ火山に開通した観光登山列車のCMソングだったことは知っていたけれど、「フニクリフニクラ」のところは「ダバダバダ…」や「パヤパヤ…」みたいな、スキャットで歌うときの意味のない言葉なんだろうと思っていた。そうではなく乗り物の名前を連呼していたとは。

ではそもそもこのfunicularの語源は何だろう。ラテン語と見当を付けて羅和辞典を引っ張り出すとfuniculus*という単語がある。定義にはまず「細い綱、紐、縄」とあり、次に医学用語で「索、系、帯」ときて、「funiculus umbilicalis臍帯、へそのお」などの例が紹介されている。なるほどね。そして最後に植物学用語として「珠柄」と書かれている。聞いたことないな。これ、何のことだろう。

そこで植物学の図鑑を見ると、「珠柄」は、種子になる部分(胚珠)と果実になる部分(子房)をつなぐ、いわば植物のへその緒だという。あぁ、あれのことね! 私はグリーンピースを思い出して合点がいった。グリーンピースは冷凍の袋入りの粒々の姿でしか見たことないという方は、さやえんどうでもピーピー豆でもよいので、さやを筋に沿って開いた様子を思い出していただきたい。さやを開いても中の豆がバラバラ落ちてくることはなく、さやの筋に沿って豆との間をつなぐ短い糸のようなものがある。これが珠柄。豆が珠柄にぶら下がるようにして並んでいる姿は、ロープウェイ(これもケーブルカーの一種)のゴンドラに見えてこないだろうか?

春にはさや付きのグリーンピースが店頭に出回るので、毎年、短い旬のあいだに何度も買い求めてスープに、パスタに、ひすい餡にと様々な料理で味わう。何より下ごしらえが楽しい。豆をさやからもぎ取る時に珠柄が切れる「プキッ」という快い音と確かな手応えがあり、生命をいただくありがたさと喜びが湧いてくる。

ひとつの言葉に誘われてその源をたどる間に、頭の中に音楽が流れ、登山電車の風景が浮かび、また豆の感触、匂いや味がよみがえり、五感が呼び起こされた。

これを読んで『フニクリフニクラ』のメロディが頭の中で止まらなくなった方は、イタリアのオカリナ七重奏楽団G.O.B.(Gruppo Ocarinistico Budriese)と、細野晴臣さんのバージョンを聴いてみてください。おすすめです。

*田中秀央編『増訂新版 羅和辞典』.研究社,1966,p. 261

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