ピノッキオとの縁~映画『ほんとうのピノッキオ』を鑑賞して~

2021年秋、久しぶりに映画館で、こちらも何年かぶりにイタリア映画を観た。邦題は『ほんとうのピノッキオ』(2019年、マッテオ・ガローネ監督作品)、原題はただのPinocchio。ではなぜ「ほんとうの」が邦題に付いたのか。実際、イタリアの童話で描かれているピノッキオは嘘つきの悪ガキで、みんなが思い描く明るく元気でかわいいイメージとは違う、ダーク・ファンタジーであるから、ということらしい。
映画は音楽も含め、子供よりはどう見ても大人向き。セットも衣装もすばらしく、物語は決して楽しいだけの感動物語ではない。なにより、私が子供のころ見た、イタリアで制作された『ピノッキオの冒険』というテレビドラマのイメージを彷彿とさせるものだった。

映画のパンフレットによると、監督も私と同世代で、自分が子供のころに見ていたこのドラマが、原作の童話(カルロ・コッローディ作『ピノッキオの冒険』、1883年)に最も近いのだが、最近のピノッキオのイメージは、かわいい木の人形が人間になりたい、という部分だけが強調されて取り上げられ、それ以外の人間の醜い本性やさまざまな教訓が全く描かれていないことが長年気になっていたのだという。

テレビドラマのピノッキオは、マイナー調だがどこか明るい印象的なメロディと一緒に記憶している。子供のころはリコーダーでこのメロディを吹くのが得意だった。画面も全体的に暗く、夜のシーンや暗い森の中で展開される場面が多い。ピノッキオ役の子供はとてもかわいいのだが、わがままで、ジェペット爺さんの言いつけを全く聞かない、勉強嫌いのやんちゃ坊主。そして詐欺師のネコとキツネのコンビに、すぐに騙される大馬鹿ものだ。
このドラマは最初日本で見たが、その後しばらくしてイタリアに行ったときにも、テレビで再放送されていた。私はまだその曲をリコーダーで吹くことができ、イタリア人の友だちの前で「鼻高々」に披露したことを今でも覚えている。イタリアではだれもが知っている人気のドラマだったようだ。

またちょうど当時流行っていたイタリアンポップスがあり、タイトルが『Il gatto e la volpe』(ネコとキツネ)だった。歌手はEdoardo Bennato。ややしゃがれた迫力ある声の男性シンガーソングライターだ。当時はイタリア語がよくわかっていなかったのだが、あとから知るところによると、歌詞の内容も二人の詐欺師がまさに誰かをだまし、さあこの書類にサインして、と迫っている、というものだった。明るくて楽しいメロディだが、内容はかなり皮肉がきいている。

その後日本に戻った私はイタリア語を学ぶ大学生になった。文学の授業の教科書として、たまたま先生が取り上げていたのがまたも『ピノッキオの冒険』のイタリア語版だった。原作を読むのはそれが初めてだったが、子供向けというよりも少し難しい文法や単語が使われていることにその時初めて気づいたことを思い出す。また、在学中、フィレンツェに夏休み短期留学をした際の語学学校で、イタリアンポップスの歌詞でイタリア語を学ぶ、という授業があり、なんとそこでは『Il gatto e la volpe』が取り上げられた。この曲は、歌詞が正しいイタリア語文法を使っているのだそうだ。すでに当時でもかなり古い曲だったはずだが、不思議な縁を感じた。

そして何十年かたって今回の映画でまたピノッキオに出会った。忘れていたエピソードや登場人物(人ではない?)のこともおぼろげに思い出し、思っていた以上に楽しむことができ、見終わって少し時間がたった今でも強く印象に残っている。
昔のドラマも見られないかと思い、インターネットで検索し、ほんの一部だがドラマの何話かが見られ、テーマ音楽も聴くことができた。ついでにもう一つのイタリアンポップスの方も検索してみたら、なんとそちらも引っかかった。「ネットはすごい!なんでも見つかる」と思ったのだが、それもそのはず。最近Pixarが制作したアニメーション映画『あの夏のルカ』(2021年、エンリコ・カサローザ監督作品)の劇中にこの曲が流れるのだそうだ(サントラには収録されていないようだが)。
残念ながら『あの夏のルカ』はまだ見ていないが、舞台は1959年のイタリア。この歌が流行っていたのはもっと後なのだが、ほかにもなつかしいイタリアンポップスがたくさん使用されているとのことだ。

今回の映画鑑賞は、まるで自分の過去にタイムスリップしたように当時のことを鮮明に思い出させてくれた。印象に残っていた不思議なドラマと、意味もよく分からずに聞いていたイタリアンポップスが、同時に現代によみがえり、やや感傷的ではあるが、忘れていた大事なものを呼び覚ましてくれた。『ほんとうのピノッキオ』を作ってくれた監督に感謝したい。

余談だが、映画の中での私のイチオシキャラクターはカタツムリのおばあさんだ。ゆっくりした動きになんだか癒されるのである。

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