七夕と「月の舟」

七夕の季節が近づいてきました。
一昨年、イデア絵本『やまとことば~暮らしに宿る日本のこころ~』の編集に携わったとき、印象的な言葉(やまとことば)に出会いました。今回はその言葉「月の舟」を紹介したいと思います。こちらは『万葉集』(7巻)に引用されている奈良時代の歌です。
「天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ」(柿本人麻呂)

広大な夜空を三日月が、波打つような雲や林立して煌めく星々の間を移動していく姿がうたわれています。朝日新聞で「折々のうた」を連載していた詩人の大岡信さんが、「天界を漕ぎ渡る月船を見ながら、他の星からくるUFOのごとき物体を夢見た古代人もいたかもしれない」と評しているのが面白く感じられたのを覚えています。

実はこの「月の舟」という言葉は、七夕伝説でも登場します。天の川を挟んで、西に織姫星(ベガ)、東に彦星(アルタイル)が位置し、7月7日に天の川の西にあった三日月が4日間かけて東に渡るため、織姫が月の舟に乗って、彦星に会いに行くと信じられていました。特に7月は上弦の月となるので、船に見立てられやすかったようです。

万葉集の歌は、中国から伝わった漢詩の影響を受けているものも多くあり、この歌の壮大なスケールもそうした背景から生まれたのかもしれません。一方で、中国にも七夕伝説がありますが、織姫が「カササギ」に乗って、彦星に会いに行くと言われており、日本の「月」とは少し異なります。中国から伝播した様々な物語や習慣も、日本の風土に沿う形で独自のものに変化していったようです。その他、日本では月にウサギがいると言われていますが、中国ではウサギの他にヒキガエルもいるという伝説もあります。言語を勉強していると、似ているけどちょっと違う外国文化にも触れることができ、その違いが面白く感じられることがあります。

昨今、都会では高層ビルやネオンが一日中光り続けているため、星や天の川を肉眼でみることができなくなったのは少し残念ですが、たまには田舎に行って天体観測したくなります。月の舟をこいで夜空を一生懸命進むウサギたちを想像すると、思わず微笑ましい気持ちになるかもしれませんね。

参考資料:『折々のうた-春夏秋冬-夏』(大岡信著、童話屋、2016年)

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