通じる?通じない?-ポルトガル語とスペイン語の思い出-

「ポルトガル語を話す人と代わってください」

これは私が初めて勤めたブラジル系企業で、入社当時にブラジル人のお客様とお話する際にしばしば言われた言葉です。
恐らく文字から受ける印象よりも強く、あるいはクレームと言ってもいいくらいの剣幕で、言われる度に落ち込んだ事をよく覚えています。
当時の社内の国籍構成はと言うと、ブラジル6割、ペルー、ボリビア、パラグアイ、アルゼンチンで合わせて3割、日本1割といった具合でした。
社内の公用語はポルトガル語で、ミーティングやパソコンへの情報入力はポルトガル語を使用することになっており、ブラジル人以外の社員は「これポルトガル語で何て言うんだっけ?」とよく相談することがあり、妙な結束が生まれたりもしていました。

さて、冒頭に挙げたお客様とのやり取りですが、社員数も少ない会社でしたので皆手が塞がっていることが多く、電話に出た以上は自分自身で何とかしなくてはならない状況がほとんどでした。

「申し訳ありません。ポルトガル語を話しているつもりなんですが、通じませんか?」

と質問すると、

「でもブラジル人ではありませんよね?ブラジル人と話したいんです。」

と、取り付く島もないため、

「分かりました。ではブラジル人の社員から改めてご連絡するようにします。」

と返すのが精一杯でした。

しばらくの間同じようなことが続いたため、同僚のブラジル人に「僕のポルトガル語ってあまり通じていないのかな?」と確認すると、「いや、まあまあ通じていると思うよ。だって、いつも言われる訳ではないでしょ?でも発音や文法がポルトガル式だから、ブラジル人の中には結構抵抗がある人もいるんだよね。」という回答でした。(注1)

「え、そんなことで?同じ言語なのに?」と思いはしたのですが、仕事が止まってしまっては意味がないため、その日を境に発音や文法をブラジル式に寄せるよう努めることにしました。

すると不思議なことに、「他の人に代わってください」と言われることが急に減り始めたのです。もちろん、私がブラジル人でないことは話し方のたどたどしさから明白であったでしょうから、「頑張ってるけど、やっぱり分かりにくいからブラジル人に代わってくれる?」と言われることが無くなった訳ではありませんでしたが(涙)。

そこから数ヶ月が経ち、少しブラジル式の話し方にも慣れてきたかな、と感じ始めていた頃、ポルトガル人の友人が来日することになり、成田空港まで迎えに行くことになりました。お互い会うなり肩をバンバン叩き合って再開を喜びつつ近況報告を始めたのですが、友人の顔がみるみる暗くなっていくのに気が付きました。

「チ、チーニャ?今チーニャって言った?」(注2)

と、ブラジル式の特徴的な発音を指摘されたのです。
自分ではポルトガル式の発音とうまく使い分けが出来ている気でいたのですが、細かいところでボロが出てしまった格好でした。

「何か話し方が全般的にブラジル人っぽくなっちゃったね・・・」

今でもあの寂しそうな顔は忘れられません。

程なくしてその友人も帰国し、いつもの日常に戻ったのですが、今度は耳を疑うような指示が上司のブラジル人女性から飛んできたのです。

「保留の電話出て。スペイン語のお客様。私、スペイン語苦手だから。ポルトガル語と似てるから大丈夫よ、ポルトニョルで。」(注3)

人気のお笑いコンビではないですが、「ちょっと何言ってるか分からないんですけど」状態で、ツッコミどころ満載の指示でした。

「いや、あなたの方が分かるでしょ?」

とは当然思いましたが、それでも上司の指示ですし、お客様を待たせる訳にもいかないため、恐る恐る「なんちゃって」スペイン語で話してみると、なんとその電話口のボリビア人女性はうん、うんと話を聞いてくれるではありませんか!

「何だか思っていた以上に通じてる?」

事の真相はともかくとして、少し気を良くした私と、味を占めた(?)上司の思惑が一致してか、それからは時々スペイン語を話すお客様の電話にも出る機会が増えていきました。

そんなある日、とあるブラジル人のお客様と話していると、急に電話が切れてしまいました。

「どうしよう、電話番号まだ聞いていなかったのに。」

と思っていると、社内の代表電話が鳴り、同僚のブラジル人女性がその電話に出ました。

「さっきのお客様に違いない。よかった、かけ直してくれて。」

と思って電話に出る準備をしていると、その同僚が怪訝な顔で受話器を指差しながら、社内の全員に向かって言いました。

「このお客さん、ポルトガル語を話すペルー人と話してたら急に電話が切れちゃった、って言うんだけど・・・」

その時社内にいたのはブラジル人社員と私だけだったこともあり、皆一斉に私の方に視線を向けて、社内は大爆笑となりました。

「おめでとう。もう立派なペルー人ね。」

と電話を受けた同僚女性に茶化すように言われ、何とも気恥ずかしい思いをしました。

かくして、私のポルトガル語はめでたく根無し草となったのでした(笑)。

 

(注1)ポルトガル語は一般的にブラジル向けのポルトガル語と、ポルトガルやアフリカ諸国向けのポルトガル語に大別されます。主に発音に大きな違いがあり、文法規則にもそれぞれに特徴的な違いがあります。

(注2)「tinha」と綴ります。英語のhaveにあたる動詞で、過去形の一種です。ちなみにポルトガルでは「ティーニャ」と発音します。

(注3)ポルトガル語で、ポルトガル語はポルトゲース、スペイン語はエスパニョルと言いますが、どちらにも通じるようにそれっぽく話すことを俗に「ポルトニョル」と言います。

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