「翻訳家」が出てくる映画を鑑賞中、色々気になった話

実話を基にしたフィクションのフランス映画『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2020年公開)を鑑賞しました。
全世界同時に出版されるベストセラー小説の翻訳のために9人の翻訳家(英語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ギリシャ語、デンマーク語、ロシア語、中国語)が集められ、情報流出を防ぐために隔離して翻訳させられる…。

面白そう!と鑑賞し始めたのですが、ストーリー以外に気になったことがありました。

その①

ミステリー小説の原文はフランス語。集められた翻訳者はもちろんフランス語が「できる」のですが、フランス語での会話が始まった時になぜかビックリしたのです。
あ、そうかとすぐに納得しかけたのですが、「話す」ということに違和感を覚えました。でもこれって翻訳業界以外の人は感じないことなのかもしれないと思ったのです。

言語が「できる」の意味は、場面によって変わります。
つまり、求められる要素が異なる。
読む、聞く、話す、書く、などこの一部分のみで事足りることも。もしくは、これらすべてが必要になることもあります。

翻訳の場面においてはどうでしょうか?
翻訳先の言語=自分の母国語については、すべての要素が備わっている人が多いと思いますが、原文の言語が「できる」には、読む(聞く)ことが出来れば問題が無く、つまり「話す」ことは必須ではありません。
ですが、翻訳をする場合、これに加え「理解する」という要素が不可欠です。
そして「理解する」ことはそう簡単ではなく、「興味を持って」、「好きになる」ことが必要になってくるのではないでしょうか。

この映画に登場するロシア語の翻訳者は原文小説の大ファン。その完結版を自分で翻訳出来ることを誇りに感じています。自身の容姿を登場人物とそっくりに真似するぐらいの憧れの作品です。映画の中では言及されていませんが、小説を原文のフランス語で読みたいという動機が翻訳者への道につながったのかな、とも想像しました。
もちろん言語そのものを勉強して習得するケースもありますが、自分が興味を持ったモノに更に近づきたいという想いが「理解する」ことに繋がる可能性が高いと思います。

実際、イデアがお仕事をお願いする翻訳者には、パートナーが日本人であったり、日本の企業で働かれた経験があったり、日本在住の方も多くいます。
彼らの全員が必ずしも日本語を書く・話すことが出来るわけではないですが、その言語を使う人間に直接関わることで、特有のニュアンスを理解したり、言葉の意図をくみ取ることが可能になったりするのではないでしょうか。実際、日本人である私が、よくこの日本語を解読出来るなぁ…英訳された文章の方が分かり易いなと驚くこともあります。
こういう発見をした時、この翻訳者が日本語を理解して、好きになってくれたんだな、と嬉しくなります。

その②

映画の中で翻訳者たちは地下室に隔離されて翻訳をさせられます。
作業時間は9時~20時。休みは日曜のみ。
毎朝20ページの原文を渡され、その日の夜には翻訳を回収。翌朝には次の20ページが渡される。
外部との接触禁止。食事の時間も決められている。

ひどすぎる!と思ったのですが…
よく考えたら実際似たようなことをお願いする時もあるなぁ、なんて気付いてしまいました。
クライアントへの納期が厳しい案件では翻訳者の休みの時間を考慮せずにスケジュールを立ててしまったり、原文は準備が整ったものから五月雨式でお渡ししたり、というケースもあります。
もちろんそれぞれ個人の仕事の方針は異なるので断られる時もありますが、「そこを何とか」と頼み込む場合も出てきてしまいます。
実際、私たちが翻訳作業の場に居合わせる機会はありませんが、映画の中で黙々と作業しているこの翻訳者たちの姿を見て、普段から感謝の気持ちを伝えようとあらためて感じました。

その③

ストーリーの途中、翻訳者同士が「あそこはこういう解釈だよね?」「いや、そうじゃない」と、議論する場面があります。
もちろんこれは映画の中の話であり、実際に翻訳者同士が同じ場所で作業するということはありませんが、実際の翻訳業界でも似たような側面はある気がします。

例えば、1つの言語から1つの言語に翻訳するよりも、複数の言語に翻訳する案件では、”気付き”が多くなります。そしてそれはメリットになることが多いです。
特に曖昧な表現が多い日本語を他の言語に訳した時、主語が何か、単数か複数かといった正しい補足情報が必要になります。

また、複数の翻訳者が関わることで、原文の解釈間違いを防ぐことも出来ます。
この映画のように翻訳者同士が議論したまま終わるなんてことは実際には起こりません。
事実を基に正しい一つの解釈を確認しますが、翻訳する言語が多いほど、原文に省略されている(隠れている)情報を見つけることが出来るといえます。

と、このように色々気になってしまいましたが、思いがけず普段の仕事を振り返ることが出来て、私にとって貴重な映画となりました。(ちなみにストーリーは本格的なミステリーで面白いです。ただ私のように集中して見ていないと、時系列と登場人物のやり取りが複雑で少し混乱するかもしれません。)

最後に…
この映画を翻訳した翻訳者も存在することを考えると、是非その方たちの感想も知りたい!と思ったのでした。

最後まで記事をご覧いただき、ありがとうございます。

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