子どものころ、絵本が好きだった。小学校に上がる前は、親がよく読み聞かせてくれたからかもしれない。幼児にとって自力で本を読むことは難しいが、声を聴きながら挿絵を見ていると内容が分かりやすく、また、親と一緒にいられることで安心感も得られ、その時間が心地よかったことを覚えている。
一昨年、私は東京都板橋区に引っ越してきた。来る前は知らなかったのだが、板橋区は「絵本のまち板橋」をPRしている。区民祭りで絵本関連のイベントを開催したり、区立美術館で絵本原画コンクールの作品を展示したり、鉄道会社と提携して駅の構内に絵本デザインをラッピングしたり、区全体を絵本のまちとして盛り上げていこうという雰囲気が感じられる。また、「ブックスタート」という取り組みも進めていて、子どもが生まれた家庭に2冊の絵本を無料で配布している。私も息子が生まれた際に、『おひさま あはは』(作・絵:前川かずお、こぐま社、1989年)と『どうぶつのおかあさん』(文:小森厚、絵:薮内正幸、福音館書店、1981年)をいただいた。
板橋区平和公園内にある区立中央図書館でもその取り組みに触れることができる。イデアが公式年鑑の英訳を担当しているGOOD DESIGN賞にも選ばれたスタイリッシュな外観の図書館の1階に設けられた「いたばしボローニャ絵本館」では世界約100か国、70言語の絵本を所蔵している[i]。板橋区の姉妹都市のイタリア・ボローニャ市は児童書のブックフェアを積極的に開催していることでも有名だが、同市から寄贈された絵本を主な蔵書としているそうだ。
こちらでは、エリック・カールやレオ・レオニといったおなじみの作家のオリジナルの英語版や日本語版の他、中国語やスペイン語、ドイツ語等にも訳された絵本を手に取ることができる。また、五味太郎や馬場のぼる、いわさきちひろ等々による日本の絵本も多言語に訳されたものを見ることができる。例えば、『きんぎょがにげた』(五味太郎、福音館書店、1982年)は英語版『The Goldfish Got Away』、中国語版(簡体字・繁体字の2種)、タイ語、アラビア語版の5言語が所蔵されている。この絵本は金魚が各ページの絵の中に隠れていたり、ページからはみ出して次ページに逃げていったりする様子が描かれるのだが、特に驚いたのがアラビア語版で、日本語版とは逆の右綴じになっていて、イラストも左右対称に印刷されていた。アラビア語は右から左へと読むことはよく知られているが、イラストまで逆になっているのは初めて見た。
その他にも、「いたばし国際絵本翻訳大賞」という英語とイタリア語の2冊の絵本の和訳を競うコンテストを毎年開催している。最優秀翻訳大賞に選ばれた翻訳は製本・出版されるとあって、言語学習者には魅力的で、プロの翻訳家への登竜門と言ってもよいかもしれない。区のHPからは選考に際した講評も見ることができ、厳正な審査の様子をうかがうことができる[ii]。
ここで、引っ越してから出会ったの好きな絵本を紹介したい。
①『スイミー ~ちいさな かしこい さかなの はなし~』(作:レオ・レオニ、訳:谷川俊太郎、好学社、1969年)
小学校の教科書にも載っている名作。最後の場面で、黒いスイミーが目となり、仲間の赤い魚たちと一緒に泳いで、大きな魚を追い返すところは、今見てもドキドキする。英語原題はSwimmyだが、例えば中国語版は『小黑鱼』(かわいい黒い魚という意味)となっていて、swimの動詞の意味が消えている。日本語のカタカナって便利だなと改めて感じた。
②『ヌードルたべるプードル』(文:エマ・ヴィルケ、絵:タカハシ モグ、訳:坂本和加、NHK出版、2023年)
英語原題は『Poodles Eating Noodles』。この絵本は「1 slice of breads with chocolates spread」、「2 poodles eating noodles」、…といった具合に韻を踏む文章を読みながら、1~10の数を数えていく「かず絵本」だ。ところが、日本語訳では1つ目が「1まいのパン、チョコレートでおめかし」となっていて韻が消えている。洒落を翻訳するのは難しいと聞いたことがあるが、この絵本の翻訳の裏側にも知られざる葛藤があったのだろうと思った。
③『誰的襪子』(英語名:Who’s sock?)(文・絵:孫俊、信誼基金出版社、2020年)
2023年夏に板橋区立美術館で開催された「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展[iii]」で購入した台湾繁体字の絵本だ。おまけについていた子ども用の靴下が可愛らしくて、少し高かったけど買ってみた。主人公の子猫が、アパートの1階に落ちていた片っぽの靴下を見つけ5階まで駆けめぐって持ち主を探す作品だ。日本の団地の風景とよく似ているが、1950~90年ごろに中国で建てられていた集合住宅を舞台にしているようだ。
縁もゆかりもなかった板橋区だが、偶然引っ越してきてよかったなと思っている。絵本の読み聞かせは言葉の発達を促すだけでなく、親と子が心を通わせる手段にもなり子どもの精神面での成長にも役立つだろう。私が親からしてもらったように、私も子どもにたくさんの絵本を読み聞かせていきたい。
[i] いたばしボローニャ絵本館|板橋区立図書館 (city.itabashi.tokyo.jp)
[ii] 第30回いたばし国際絵本翻訳大賞 結果発表|板橋区立図書館 (city.itabashi.tokyo.jp)
[iii] 2024年も7月2日~8月12日に開催中(2024イタリア・ボローニャ国際絵本原画展|板橋区立美術館 (city.itabashi.tokyo.jp))。
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