イデアブログでは日々の活動や翻訳に関する話、海外旅行記や食文化など幅広く取り上げてきましたが、今回は「読む雑談」と題して、英語の動詞に関するエッセイをお届けいたします。
英作文の本[i]をめくっていたら、「暴飲暴食しないように」をDon’t overeat or overdrink yourselfと表現してあるのを見つけた。末尾の再帰代名詞yourselfは無用かと思ったが、そうそう大先生が間違えるわけもなく、調べるとやはり、そういう表現はあるらしい。
当初は手持ちの本、辞書も文法書もすべて、この問題に関しては無力かと思われた。だいたいの辞書は、暴食動詞overeatや暴飲動詞overdrinkが見出しにあったとしても自動詞と分類していた。だが、二冊だけ他動詞とも認める辞書があった。一つは英英辞典The Random House College Dictionary(Random House, 1984)、もう一つはスペイン語-英語辞典のThe New World Spanish/English-English/Spanish Dictionary(SIGNET, 1996)だ。両方とも米国で出版された辞書だ。その前者において暴食動詞の定義は、目的語に直接影響の及ぶ当人つまりは再帰代名詞oneselfをとることを示唆していた。
一方、紙の辞書以外では、英国のHarperCollins社が運営するオンラインサイトCollins DictionaryにAmerican Englishの他動詞として再帰代名詞を目的語にとることが示されていた[ii]。どうも印象では英米で態度が違い、これらの動詞を米側では他動詞とも認めるが、英側では認めないようだ。ただし、英側でも再帰代名詞を伴って用いられることはあり、たとえば英国の小説『ワイルドフェル・ホールの住人』(1848年)にもover-eat and over-drink yourselfという文言の出てくるものがある[iii]。
If, regardless of that counsel, you choose to make a beast of yourself now, and over-eat and over-drink yourself till you turn the good victuals into poison, …
(そのような忠告にも拘わらず、敢えて獣になって暴飲暴食して、せっかくの食べ物や飲み物を毒にしてしまうのなら…)
それにしても、他動詞のeatやdrinkは饅頭なり酒なりを目的語にとれるのに接頭辞over-が付くだけでその種の目的語がとれなくなるとしたら(巷の辞書の描く英語世界ではそのようなのだが)不思議だし不便だ。チョコレートを食べすぎるというときにはovereatは使えないわけか——もちろん、eat too much chocolateとでもいえばよかろうけれど。いやいや、調べると現実世界において彼らはovereat chocolateだのovereat saladだの、言っている。一般に、辞書に載ってない用法がこの世にないとは限らない。どこかの辞書にはあるかもしれないし。
ともあれ、この際、overdrink yourselfやovereat yourselfという言い方があることは覚えておこう。
暴飲暴食動詞が目的語を本人(再帰代名詞oneself)とする用法があることは、「食べすぎ飲みすぎの責任は自分にあるんだぞ、自業自得だよ」と人間の愚かさを自虐的に表現する英語のユーモアだな、と感じました。
「読む雑談」シリーズは今後も続編を掲載するかもしれません。お楽しみに。
[i] 長崎玄弥『英語がラクラク書ける本』三笠書房(1988年)
[ii] Overeat definition and meaning | Collins English Dictionary (collinsdictionary.com)
https://www.collinsdictionary.com/jp/dictionary/english/overeats[iii] Anne Brontë, The Tenant of Wildfell Hall (emended 1st edition), London, T. C. Newby, 1848, p.77
最後まで記事をご覧いただき、ありがとうございます。
株式会社イデア・インスティテュートでは、世界各国語(80カ国語以上)の翻訳、編集を中心に
企画・デザイン、通訳等の業務を行っています。
翻訳のご依頼、お問わせはフォームよりお願いいたします。
お急ぎの場合は03-3446-8660までご連絡ください。