「もっとオープンにならなあかんで」と見知らぬ人に言われたついでにopenという単語について考えてみる

コロナ前は年に一、二回は、学生時代に住んでいた神戸を一人で週末旅行していた。始発の新幹線で新神戸駅に着いたら、歩いてすぐの布引の滝でマイナスイオンを浴び、展望公園で港町を見渡したあと、北野にある老舗の喫茶店で優雅に朝食を食べながら一日の予定を立てる。これから旧居留地の街並みを散歩しようか、それとも須磨の海に行こうか、六甲の山もよし…というのが朝のお決まりのコース。

先日久しぶりに神戸を訪れた。いつもの喫茶店でハムとホワイトアスパラガスが載ったオープンサンドという洒落た朝食をいただいていたところ、白髪混じりの男性が一人、せかせかと店に入り、私の隣の席に座った。常連客らしい。
スマホを耳に当てながら手早く注文を済ませるや否や、「まいどまいど」と今どき大阪商人でも口にしなさそうなアクの強い関西弁で電話をかけまくる。時折インド式発音の英語と、ヒンディー語なのか他のインド地方言語なのか分からないが、別の言葉も混じる。

神戸には古くからインド人コミュニティが確立していて、北野には「インドクラブ」という立派な会館もある。個人で手広く商売を手掛けている人が多いようで、路上や飲食店でスマホ片手に商談している姿を見ることは珍しくはない。
そのお隣さんを特に気にするでもなく、コーヒーを飲みながら手帳に一日の予定を書き入れていると、「何、書いてるん?」と話しかけてきた。
「見せてもろていい?小っさい字やなぁ。あんた旅行か?一人で楽しいか?」
にやにやしながら、こちらが答えるスキもないほど早口でまくしたてる。普段見かけない奴がいるのでからかってやろうという気になったのだろうか。そして一言、
「もっとオープンにならなあかんで」
そう言って、グイっとコーヒーを飲み終えて店を出ていった。店の前を通りかかった女性が「あー、○○さーん!」と声を掛けていたので、この界隈では人気者なのかもしれない。

見ず知らずの人から突然、生き方を改めるよう忠告を受けるなんて滅多にあることではない。しかしふと、去年(2022年)の秋にあるラジオで聞いた話を思い出した。MCの人が阪神電車に乗っていて、隣に座った見知らぬ中年女性からいきなり「次の監督は岡田はんがええと思うんやけど、どない思う?」と聞かれたという。その後、この鉄道会社が所有するプロ野球球団の監督に岡田氏が就任し、翌シーズンにチームは優勝、流行語大賞まで獲得し、一躍時の人となったのはご存知の通り。見知らぬ人の一言には、お告げというか、何か特別な力があるのかもしれない。「もっとオープンにならなあかんで」も豊かな人生を切り拓くためのありがたいお告げと思い、心の片隅に置いておこう。

ところで、「もっとオープンにならなあかんで」のオープンの指す意味は、open-mindedやopen-heartedといったところであろう。
そう言えばこのopenという単語、日本語の「開」に意味がほぼ重なっていて、学校で英語を学び始めてから今に至るまで、わざわざ辞書を引いて調べた記憶はほとんどない。しかしこういう一見単純そうな基本単語こそ興味深い発見があるもの。今更だけど英和辞書を見てみよう。

すると、さすが基本単語。定義と用例、派生語がずらりと並ぶ。ある英和辞書では3ページ分。オンライン辞書ではなんと形容詞で48、他動詞で15、自動詞で11、名詞で8つも定義の項目があった。

予想に違わず、だいたいのものが「open=開」の連想で説明がつく。花が開く、試合を開始する、PCでファイルを開封する、銀行口座を開設する、等々。テニスやゴルフの大会名「全英オープン」「全米オープン」は、プロとアマチュアの両方に門戸を開放しているという意味で、“the Open”と固有名詞になるとゴルフの全英オープンのことを指すらしい。

ただし「open=開」の意味からは遠く離れた語義もあるので要注意だ。「保留中・未決着の」という意味があるのはご存知だろうか。Open questionは「未決案件・結論が出せない案件」。This matter is still open.は「この問題についてはまだ決まっていない」。Leave a matter openは「問題を棚上げにする」。海外の政治ニュースで見かける表現だが、機械翻訳なのか誤訳をよく見かける。ほかにも政治関連の表現にopen the budgetというのもある。このopenは「公開する」が近い意味だろうが、こなれた表現にすれば「予算案を議会に提出する」だ。

「注意深い、抜け目ない」という、「開放的」とはほとんど逆のイメージの語義もある。こちらは元々“keep one’s eyes and ears open”(目を見開き、耳をそばだてる)という慣用表現から来ているようだ。しかし目は分かるけど、耳を開くとはどんな状態なのだろう。騒音に悩まされる都市生活では、聞きたくない音も防ぎようがなく耳に入ってくる。閉じられるものなら閉じてみたい。

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