表意文字がもたらす効果

2020年の東京開催が決まってからというもの、なにかとオリンピックの話題が取り上げられるようになりましたね。このオリンピックを意味する「五輪」という表記、実は子供の頃、いたく感心しました。
初めてこの2文字を見たときは「いつわ」と読むのが正しいのか「ごりん」と読むのが正しいのか迷ったのでした。でも読み方はさておき、子供ながらにもこの2文字が、世界中のスポーツ選手が集まって競い合う大イベントを指していることはすぐに分かりました。多分「いつわ」と読むのか「ごりん」と読むのか迷うのよりも先に、脳内では「五輪 = 世界的スポーツイベント」との意味処理がなされていた気がします。それというのも、漢字が表意文字であるお蔭だったのでは?と今では思います。視覚である程度の意味を捉えていたわけです。

日本語や中国語で使用される漢字は表意文字とされ、文字の1つ1つに意味があります。
一方でアルファベットなどの表音文字では、文字の1つ1つは音を表すにすぎず、単独の文字が何らかの意味を示すケースは限られています。
複数の文字の組み合わせによって単語が成り立つ表音文字と比べて、表意文字では少ない文字数で同じ内容を表せ、表音文字を使用している言語よりも意味伝達・意味処理が早いとされています。
たとえば以下の例では、和文の文字数は英文に比べると3分の1以下です。

一層一層が幾重の夢、幾重の期待、幾重の祈りで押し潰されながら、なお累積し累積して、空へ向かって躙り寄って成した極彩色の塔。(61字)
(三島由紀夫『暁の寺』新潮社 1970年)

They formed a multicolored pagoda whose every level was crushed with layers of dreams, expectations, prayers, each being further weighted down with still other stories, pyramid-like, progressing skyward. (203文字)
(E. Dale Saunders & Cecilia Segawa Seigle訳, Alfred A. Knopf, Inc, 1973)

バンコクの3大寺院の1つであるワット・アルンを描写したこの文章を、ここでは文字数比の例として挙げましたが、表意文字の視覚的効果とそれによる意味伝達・意味処理の早さもおおいに感じられるのではないでしょうか。
繰り返される「層」「幾重」「累積」の文字を目にすることで、重層な極彩色の塔を思い描く際に瞬発力が加わるように感じます。

それぞれの言語には特有の持ち味があり、それゆえにもたらされる効果や情緒までをも特性の異なる言語で再構築するのには相当な工夫が求められますが、それこそが翻訳の醍醐味であり、翻訳者の手腕が発揮されるところなのです。

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