みなさんは、サシバという鳥をご存知ですか。
サシバは、日本を含めた東アジアに生息するタカの仲間です。毎年渡りを行うという特徴があります。日本の南西諸島以南の島々や東南アジアで越冬し、春先に日本の本土にやって来ます。繁殖地は九州から本州の広い地域であり、日本では夏鳥とされます。
私が生まれ育った鹿児島県沖永良部島は、サシバの越冬地です。沖永良部島からさらに南の島や東南アジアに向かう個体もいるので、中継地でもあります。
私は、小学生の頃、サシバが「ピックイー」と鳴きながら空高く旋回する様子を見るのがとても好きでした。鳴き声が聞こえると、授業中でも飛び出していきたくなるほどうずうずしたものでした。追いかけて走ったり、鳴き声を真似してみたりしたこともあります。それくらいサシバが大好きでした。冷えた空気を切り裂くようなサシバの声に、子どもながらに哀愁を感じていました。私にとって、サシバは秋や冬の物悲しさと結びつく「冬鳥」の代表なのです。
そのため、サシバが「夏鳥」と説明されているのを見ると、頭では理解していてもなかなか納得できません。私は本州に住んで数年が経ちますが、まだまだサシバは冬鳥のイメージです。サシバは里山に暮らす鳥ですから、今の私の生活圏では出会うことがなく、肌で実感できないからかもしれません。季節感とは、説明されてそのまま飲み込めるものではなく、肌で感じて徐々に体に染み込んでいくものなのだと思います。
北海道出身の歌人、馬場めぐみさんの短歌にこんな作品があります。
入学式に桜咲くほどあたたかいところまで来てしまって震えた
(『無数を振り切っていけ』p.31)
北海道では4月下旬から5月にかけて桜が咲くそうなので、入学式の時期はまだつぼみなのですね。だから、入学式に桜が咲いているのを見て、故郷から遠く離れた場所に来たことを震えるほど実感したのでしょう。
私は、大学に入学した時にまったく反対のことを思ったのを覚えています。こんなに寒いところに来てしまった、と。「4月なのにこの寒さはなんなんだ」と半泣きになりながら毛布に潜り込み、こんな寒い土地で生きていけるだろうかと不安でいっぱいでした。ちなみに、私の故郷では、1月中旬頃から桜が咲き始め、卒業式の前には散ってしまいます。入学式には、すでに青々とした葉桜になっています。
自分の体に蓄積された季節感と、今自分が立っている土地の季節がずれている。そのことに、こんなに遠くまで来てしまったと半ば唖然とするような感覚。きっと、この短歌を詠んだ馬場さんも、故郷とこれから向かう土地の距離を頭では理解していたはずです。しかし、桜を通して肌で実感したことで、改めて自分の決断の重さを知ったのではないでしょうか。
故郷で過ごしてきた時間の分だけ体に積み重なった季節感と、見知らぬ土地で待っている未来への期待や不安。それらを見事に表現した短歌だと感じます。
これから東京での暮らしが長くなるにつれて、東京の季節が私の体の中に降り積もっていくでしょう。サシバのイメージもいつか夏鳥へと変わるかもしれません。今年は、サシバが本州に渡ってくる時期になったら、サシバが見られる場所を探して出かけてみようと思います。春や夏にサシバを見るのはどんな感覚なのだろうと、今からワクワクしています。
参考・引用
国際サシバサミット
https://www.nacsj.or.jp/GFB-SUMMIT/
馬場めぐみ(2025)『無数を振り切っていけ』短歌研究社
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