名前とは、親が子どもに最初に贈るものだと言われる。
だから私は、自分の名前にも何か大きな願いが込められているものだと思っていた。
就職活動を始めるのが周囲より遅かったこともあり、友人たちに面接でどのような質問をされたのか聞いて回ったことがある。よくある質問の「尊敬する人物は誰ですか」という質問や、私だったら大喜利みたいになってしまいそうな「自分を動物に例えるとなんですか」といったものもあったが、その中で意外と多かったのが、「名前の由来は何ですか」という質問だった。
しかも、それはアイスブレイクとしてではなく、志望動機や学生時代に力を入れたことなどを話した後の、本格的な質疑の中で聞かれたという。結局、私自身は就職活動中にその質問をされることは一度もなかったのだが、対策として母に名前の由来を尋ねたことがある。
私の名前は、いわゆるキラキラネームではないが、同じ読みの人どころか、ましてや同じ漢字の人には出会ったことがない。病院の待合室や飲食店の予約時など、初対面の人に名前を呼ばれる場面では、たいてい一度は読み間違えられる。(これは私の名前と同じ読みの人はほとんど見かけない一方で、語順が違う名前や響きが近い名前の方がよく知られている。そのため、初めて見る人は無意識に馴染みのある読み方を当てはめてしまうのだろう。)
そんな名前だからこそ、きっと何か特別な由来があるのだろうと思っていた。ところが、実家に帰省した際に何気なく母へ尋ねてみると、返ってきた答えは予想外だった。
「特に意味はないよ。」
思わず笑ってしまった。私には姉がいるのだが、姉の名前も私と同じ文字数で、最後の漢字も共通している。たとえるなら「春子」と「夏子」のような状態だ。そのため、少なくとも何らかのテーマや願いが込められているのだと思っていた。しかし母によれば、「最後の漢字だけそろえることを条件にして、あとは何となく雰囲気で決めた」とのことだった。
「意味とかは考えなかったの?」
そう聞くと、母はこんな趣旨のことを話してくれた。
「例えば“優しい子になってほしい”と思ったら、『優』という字を使うこともできる。でも、名前に願いを込めたからといって、その通りの性格になるとは限らないし、名前の由来に縛られて欲しくなかったの」
その言葉を聞いて、妙に納得したのを覚えている。もちろん、私の名前に使われている漢字には、それぞれ辞書的な意味がある。けれど母は、その意味から将来像を託したわけではなく、「この響きがいい」「この字の組み合わせが好き」という感覚で名前を選んだらしい。
それにしても、面接官はなぜ名前の由来を聞くのだろう。
名前そのものに正解や不正解はない。おそらく由来そのものではなく、その質問に対して自分のルーツや家族との関わりをどのように捉えているか、あるいは予想外の質問にどう答えるか、といった対応力を見ているのだと思うが、自分の判断ではないことについて聞かれるのは腑に落ちなかった。もし母に由来を聞かないまま面接で「名前の由来は何ですか」と尋ねられていたら、私はその場で漢字の意味をつなぎ合わせて、それらしい話を作っていただろう。
大学では、どうせ名前を覚えてもらえないからと面倒に感じ、名字だけを伝えることが多かった。しかし母の話を聞いてからは、この名前に対する思いが少し変わった。キラキラネームではないけれど、周りとは少し違う、しかし姉とはつながっている私の名前。由来を聞いたことがなかったため母の話は新鮮で、名前に大きな意味を持たされず家族との繋がりで決まったのを知ったことも印象に残っている。今では以前よりも、この名前を大切に思うようになった気がする。
母の願いが叶っているかどうかは、名前に答えが書かれているわけではないのでわからない。ただ、特別な何かになることを求めるのではなく、自分らしく生きてほしいという思いが込められていたのだとしたら、私はその道をゆっくりと進めていると思う。これからも自分らしく生きながら、この名前と付き合っていきたい。
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