
バス停近くの階段を踏み外し、下まで転げ落ちてしまいました。バスの発車時刻が迫り、慌てていたのでしょう。我に返ると、右手首にひどい痛みを感じました。そのとき、なぜかワールドシリーズの試合中に大谷翔平が左肩を亜脱臼したときの映像が頭をよぎりました。動かしてはいけない、絶対に。見る見るうちに腫れていく右手首をそっと左手で支えながら、「これは…まさか…骨折⁉」「いや、どうかひどい捻挫くらいでありますように」と祈りつつ、救急病院に向かいました。
「はい、こことここ、2か所骨折しています。今のところ骨はずれていないので保存治療で行きますが、ずれたら手術になります。これから固定します。くれぐれも手首をひねらないように。腕を振るときは『前にならえ』のときの角度をキープするように。」てきぱきと処置を進めるドクターの声がどこか遠くの方から聞こえてくるように感じました。
明日の仕事はどうしよう。左手だけでタイピングはできるのか。音声入力は使いものになるのか。仕事の心配以外にも、日頃、何気なくしているちょっとした動作が思うに任せず、何をするにも戸惑うばかりでした。歯ブラシに歯磨き粉をつける、タオルを絞る、ドライヤーで髪を乾かすなど、シンプルな動作であっても、「こうすればできるかな」「ああすればよかったな」と知恵を絞らなければならないのです。中でも一番困ったのは、キンキンに冷えたペットボトルのキャップを開けることでした。左手で開けようにも、まったく歯が立ちません。検索してみると様々な対処法があるようでしたが、どれを試してもどうしても開けることができませんでした。
その夜、痛みのせいかなかなか寝付けず、眠りが浅かったのでしょう。右腕をギプスで固定して、どこかの国の砂漠の真ん中で、ひとり喉の渇きに耐えかねている夢を見ました。通りすがりの親切な人が、冷えたペットボトルを投げてよこしてくれたので、喜び勇んで飲もうとしたのですが、どうしてもキャップが開きません。困った。何とかしなければ。「カチッというところまで開けてほしい」とスマートフォンに入力して、様々な言語に翻訳しては頼んでみるものの、一向に通じる様子がありません。最初のカチッというところさえ開けることができれば、中身が飲めるのに。半泣きになりながら途方に暮れているところで目が覚めました。
機械翻訳をする前に、原文を翻訳しやすい形に整え、翻訳品質を上げる「プリエディット」という工程がありますが、夢の中でも「ペットボトルのキャップとリングを繋ぐブリッジ部分が切れるまで、キャップをひねってほしい」とでも入力すれば、よかったのかもしれません。
あくる日、コンビニエンスストアでペットボトルを購入したときに、レジで頼んでみました。
「カチッというところまで開けていただけますか?」
「あ、いいですよ。キャップはあまりきつくなりすぎないように閉めておきますね。」
よかった、通じた。飲むときに楽に開けられるよう、絶妙な塩梅でキャップを閉め直してくれた、その心遣いにいたく感激しました。
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