あんずの話

あんず、漢字で杏と書く。一昨年、娘が生まれたときに、妻と相談して名前に「杏」という漢字を使うことに決めた。異論はなかったが、あんずという言葉に以前から若干の違和感を覚えていて、その理由を考えてみた。

第一に、あんずという果物を実際に見る機会が少ないので、イメージが湧きにくい。あんずは6~7月の収穫時期にはオレンジ色の実をつけるが、スーパーで見かける機会は少ない。その実は砂糖につけてシロップやジャムをつくったりできるが、そうした加工品も一般の食品コーナーにはあまり販売されていないように思う。また、毎年3~4月にピンク色の可愛らしい花をつけるが、梅や桜の花に似ているせいか、注意していないと気がつかないで見落としてしまう。あんずの花言葉には「乙女のはにかみ」という素敵なもののほかに、「疑惑」という言葉もある。これは桜や梅と似ていて見間違えやすいことに由来しているそうだ。

また、あんずと聞いて、多くの人が連想する料理が杏仁豆腐であろう。あんずの種の核(杏仁)のエキスを入れて作られた甘い寒天は、中華料理の定番のデザートといってよい。ただ、外観からはあんずの実や種の形が見えないため、ここでも親近感が湧きにくい。なお、寒天の上に赤い小さな実が載せられることがあるが、これはあんずではなくクコの実というドライフルーツだ。飲食店によっては、サクランボがのせられていることもある。寒天の上に誇らしげにのるサクランボを見ると、寒天の甘さと美味しさを自分の手柄のように勝ち誇っているように見える時があって、あんずの嫉妬が伝わってきそうに思えるのは私だけだろうか。

第二に、「杏」の読み方がどうもしっくりこない。訓読みでは「あんず」、音読みは「キョウ」だが、その他に「アン」と読むこともある。例えば、「杏林」は日本の大学名にもなっておりキョウリンと読む。上述の杏仁豆腐の「杏仁」も種の核のみを指す場合はキョウニンと読む。
芸能人をはじめ女性の名前に多く使われるため、日本では「アン」の読みが浸透しているが、漢和辞典を調べてみると、こちらは唐音(平安中期~江戸末期に中国から伝えられた読み方)にあたる。日本の多くの漢字は漢音(奈良時代~平安時代初頭に伝えられた読み方)が主流で「キョウ」もそれにあたる。「アン」はマイナーな読み方なのだ。ちなみに、銀杏(ギンナン)は唐音のギンアンが転じたものだ。さらに言えば、銀杏はイチョウとも読むので、「銀杏の木の下に銀杏が落ちている」なんて文章も成り立ち、ちょっとややこしい。

以上、率直にあんずの印象を書いてみたのだが、最後に、あんずの歴史についても触れておきたい。あんずの原産地は中国だそうで、紀元前5世紀頃~3世紀頃に段階的に書き加えられた地理書『山海経』にその記載がみられるように、歴史はかなり古い。ヨーロッパにも紀元前に伝播し、1世紀中頃にはギリシアに到達した。日本には10世紀ごろには伝播していたと言われ、江戸時代には杏仁が咳止めの漢方薬として使用されたためにその栽培が奨励されていたという。現在も日本では青森や長野で、中国では新疆ウイグル自治区や東北部をはじめとする寒冷な地域で多く生産されている。
余談になるが、図書館で『望郷満州』という戦前の中国東北部の生活を紹介した写真集を何気なく手に取っていると、「四月の声を聞くころ、迎春花は可憐に、他に先がけて咲き出で、杏の花が群らがり咲き、梨の花がつづく。特に杏は、満州の花の象徴のようにうつくしい。」[i]という記載を偶然見つけた。私は学生時代から中国史を専攻して興味をもっていたが、子どもの名前につけたあんずが中国近代史の中にも登場してきたような気がしてちょっと嬉しかった。
調べれば調べるほど、あんずは古くから日本や中国の人々の生活に奥深くなじんでいたことを知り、最初は戸惑っていたこの漢字を娘に付けたことが誇らしく思えてきた。桜や梅といったポピュラーな花にも負けない魅力をもっているあんずをこれからは他人事ではなく応援したくなった。

[i] 『望郷満州 決定版写真集』(北小路健、国書刊行会、1980年)

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