においによる記憶は視覚よりもずっと脳の奥深いところまでさかのぼってくれるように感じます。
たとえば一度行ったことがある場所の記憶は、映像をみたりすると思い出すのは当然なのですが、自分では思いもよらない瞬間によみがえるのは、特定のにおいを嗅いだ時ではないでしょうか。かなり前ですが私の経験をお話しします。
もう何年も前のことです。まだ電気自動車が全く走ってなかったようなころに、通勤でバスをつかっていました。終点の駅に到着して歩道から少し離れたところに止められ、外に降りた瞬間に前のバスの排気ガスのにおいとともに、路上喫煙者の煙が襲ってきて、思わず顔をそむけたのでした。その時急に思い出したのです、イタリアのローマを。
自分でも全く予期しておらず、「このにおいはなんだっけ?どこかで嗅いだことがある」と思いながら、電車に乗るために早足で歩き始めて、「そうだ!ローマだ!」と思い出し驚いたのでした。
バスには毎日乗っていましたし、排気ガスのにおいにも、当時今より規制の少なかったタバコのにおいにも慣れていたはずなのに、なぜかその朝は「ローマで嗅いだにおいだ!」と脳の回路がつながりました。嫌いな臭いだったにもかかわらず、突然ローマが現れたことがうれしく、ちょっと複雑な気持ちに、一人でニヤニヤしてしまいました。周りから見たら何を笑っているのだろう、と不気味だったかもしれません。
私が訪れたころのローマはまだ排ガス規制などがなく、歴史的建造物も大理石が排気ガスで真っ黒になっている、という時代でした。街を歩きながらそれを少し残念に思ったことや、タバコの煙の臭いは、日本のものよりもきついな、と感じていたことも同時に思い出しました。
例えばかぐわしい花の匂いやコーヒーの香りで思い出すなら美しい記憶が出てきそうですが、当時のローマに排気ガスとタバコのにおいがなかったら思い出せなかった感覚だと思うと、愛おしく懐かしく思えます。
においがきっかけで思い出したのではありますが、もしかしたらほかにも季節や気温、時間帯や周りの明るさ、人の多さなど、ローマに行ったときと同じような状況が重なっていたのかもしれません。人の記憶は頭だけなく体にも刻まれるものなのか、と実感した瞬間でした。これからもいろんな場所に旅をすると思いますが、目で見たものだけでなく、その土地のにおいや空気や日差しなど体の感覚も思い出として大事に記憶していきたいと思います。
ローマの名誉のために言うと、最近では歴史保存地区内では一般の自動車は入れなかったり、バスもEVになっていたりして、排気ガスが非常に制限されています。建物の汚れも落とされて、白く美しくなっています。タバコについても以前ほど寛大ではないと思うので、私にとっては環境が改善されたはずです。今のローマではどんなにおいに出会えるのか。ぜひもう一度訪れて確かめてみたいと思います。
最後まで記事をご覧いただき、ありがとうございます。
株式会社イデア・インスティテュートでは、世界各国語(80カ国語以上)の翻訳、編集を中心に
企画・デザイン、通訳等の業務を行っています。
翻訳のご依頼、お問わせはフォームよりお願いいたします。
お急ぎの場合は03-3446-8660までご連絡ください。



