『呪術廻戦』というタイトルを、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
『週刊少年ジャンプ』で連載されていた本作は、シリーズ累計発行部数1億5000万部を突破した大人気作品です。その人気は国内のみならず、海外でも凄まじく、2025年には「世界で最も需要の高いテレビアニメ番組」としてギネスブックにも登録されました。(世界で最も需要の高いテレビアニメ番組…?)
物語の舞台は現代日本。人間の負の感情から生まれる「呪い」と呼ばれる怪物を相手に、主人公たちは「呪術」という特殊能力を使って戦います。
私自身この作品の大ファンで、繰り返し何度も読んでいます。
そんな私に、先日オーストラリアへ旅行していた家族がお土産として英語版コミックを3冊買ってきてくれました。
ファンとして嬉しかったのはもちろんですが、それ以上に興味を惹かれたのが、「この作品が英語でどう翻訳されているのか」という点でした。
中でも特に気になっていたのがこの27巻です。
Jujutsu Kaisen, Vol. 27
この巻で主に描かれているのは、売れない芸人・髙羽と、敵のラスボス格の1人との戦い。なのですが、この戦い、ひたすらふざけています。
普段の『呪術廻戦』といえば、ビームを撃ち合い、おどろおどろしい怪物が暴れ、シリアスな台詞が続く作品です。しかし、髙羽の能力によって、戦場はギャグ空間へと変貌します。
脈絡のないボケ、突如始まるコント、ダジャレや昭和・平成のお笑いパロディがビームの代わりに飛び交います。
初めて読んだ時も、私はスマホを片手に延々と元ネタを検索していました。
だからこそ、英語版が気になります。
日本語のダジャレやパロディネタは、そのまま英訳しても、海外読者には伝わりにくいはずです。
こうしたネタが英語ではどのように描かれるのか、翻訳業務に携わる身として、この巻は気になる一冊でした。
実際に読んで感じたのは、笑いを最優先にして訳そうとする強い工夫でした。
単純な直訳は避け、日本語だから成立していたダジャレは、英語では別の言い回しやジョークへ置き換えられています。「この場面の面白さだけは絶対に落としたくない」という意志を強く感じました。
特に印象的だったフレーズを2つ紹介します。
1つ目は、髙羽の一発ギャグ「余計なお世WI-FI」の翻訳です。駅などで弱いWi-Fiに勝手に繋がった時に積極的に使いたいギャグですが、英語版ではこれが
“Don’t marry me! I don’t want you as my WI-FI!”
となっていました。
直訳すると「結婚しないで! あなたを私のWi-Fiにしたくない!」という意味です。Wi-Fiにwife(=妻)をかけ、新たな語呂合わせに置き換えられていました。
もう1つが、敵キャラクターの頭にある縫い目をイジるシーン。
日本語版では、「抜糸して♡」と書かれた推しうちわが掲げられます。

完全に脈絡のないボケなのですが、英語版ではこれが
“Leave me in stitches♡”
に変更されていました。
“in stitches”は「腹がよじれるほど笑う」という意味の英語表現です。しかも“stitches”には「縫い目」という意味もあり、敵の見た目ともかかっています。
つまりここでは、英語版独自のダジャレが加えられているのです。
もちろん、日本語版を知っていると、「元は別のネタだったんだな」と分かる場面もあります。伝わりにくいパロディなどは、大胆にアレンジされていました。
それでも読み終えた後に強く残ったのは、「髙羽をちゃんと面白く見せたい」という制作陣の気迫でした。
翻訳というと、「いかに正確に意味を伝えるか」が重視されがちです。しかし今回読んで感じたのは、翻訳は単なる置き換え作業ではないということでした。
漫画に限らず、小説や映画、アニメなど、日本語で見慣れた作品をあえて別言語で触れてみるのも面白いかもしれません。[i]
[i] 芥見下々『呪術廻戦 27』集英社、2024年
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